まだまだ続くよ、宰相の苦難
その後、わざわざ数日をかけてクレイン様の様子を見に来るジアス様に狂気を感じる。
いくら父親が大切にしている少女とはいえ、普通は国をまたいで年に何度も訪れない。
大国の公爵家の跡継ぎにそんな暇はないはずだ。
しかも訪れるたびに毎回、国王陛下に謁見を申し込む。
挨拶と言うが、これはもう脅し以外の何物でもない。
クレイン様を蔑ろにしていないか、無理を強いてはいないか、と笑みの向こうに無言の圧力を感じるのだ。
彼が訪れるたびに国王陛下と私は、緊張で神経が磨り減る。
親子ほどの年の子供に何をそこまで怯える必要があるのかと思うが、最初に国として弱みを握られたのは痛かった。
その後、諸国を巻き込む勢いで脅しをかけてきた彼らの力量にも白旗を上げてしまったのだ。
それはジアス様がこの国に来る際に、毎回近隣国を巡って個人的に親しい者を作っている事だった。
何かあれば彼らが全員、敵に回ると訪れた際に、にこやかに話してくれる。
今回は✕✕国の✕✕と友人になりましたと。
それをジアス様ほどではないが、たまに訪れる公爵まで言うのだから、たまらない。
ヘイネス公爵親子のヤバさは、国王陛下と私の二人だけの秘密にしている。
本当は重鎮連中には話しておく必要があるのかもしれないが、もしも誰かがうっかりそれを漏らしたら、今度こそ終わってしまう。
これ以上、下手を打てないと国王陛下と私はクレイン様が離婚される、あと数年の辛抱だと必死で耐えていた。
だから彼が部屋から出て行くと二人して他の仕事ができなくなるほど、どっと脱力してしまうのだ。
それなのにあの問題児のカール殿下が毎回、彼に干渉する。
とっかえひっかえする女を、見せびらかしに行くのだ。
どうやら最初に問題を起こした日、勝手にジアス様に劣等感を抱いたカール殿下は、自分は彼よりモテるのだと示したいようだった。
だが、いつもあっさりと流される。
その上、ほとんどの女性が紹介されたジアス様を見て、頬を染めてうっとりしている事に気付いていない。
ちょっと、気の毒である。
そういった理由からクレイン様お一人でも説き伏せるのが難しいのに、あの二人が後ろ盾ではクレイン様をカミュウ殿下と結ばせるのは至難の業だ。
私は頭を悩ます重鎮たちを見回した。
どうにかカミュウ殿下の魅力で、クレイン様を落としてはくれないだろうか?
クレイン様自らがここに残りたいと言ってくれたら、あの恐ろしいヘイネス公爵親子も納得して、よりよい味方になってくれるはずだ。
怖い敵は、味方にすれば何よりも頼もしい存在になるのだ。
カミュウ殿下だけが頼りです! と祈りながらも、あのジアス様の表情を思い出した私は、無理だろうなぁという諦めも同時に心に抱いていた。
だってジアス様、マジ怖いもん。
とうとうカール殿下がやらかした!
大人になったクレイン様に一目惚れした上に、触れようとしたのだ。
しかも、その理由が愛人であるカロリーナ嬢に王太子妃の予算からプレゼントしようとして、王太子妃の執務室に押しかけ、サインを強要しようとして彼女を見たら、その胸に目が引きつけられたとか。
大人になったクレイン様の胸を見て、そのまま顔を上げて……。
今までじっくりと見た事がなかった妻の顔に惚れたとか、どんな阿呆な話だ。
私がその現場に訪れた時には、ジアス様が彼女を庇っておられた。
あ、目が怒ってる、怒ってる。
私はヒクヒクとつる口元を無理矢理動かして、どうにか現場を落ち着かせようと試みるが、全く駄目だった。
その内に、カール殿下がクレイン様を愛しているから別れないと言い出す始末。
皆が呆気に取られる中、彼女に近付こうとするカール殿下から離すために、私はクレイン様を部屋へ連れて行ってもらうようジアス様に叫んだ。
もうこうなっては、ジアス様にお任せするしか道がない。
こちらの愚行をしっかりと見られた今、阿呆はカール殿下だけでこちらは敵意などありません、協力いたします、という姿勢を見せなければいけないのだ。
ジアス様は早急に行動すると、その日のうちに我が国のロレント公爵家にクレイン様を避難させた。
仕事が早い。
私はカール殿下の愚行をどうにか収めるべく、一同を招集した。
「カール、お前の女に対するだらしなさには、いい加減呆れを通り越して情けなくなった」
陛下の深い溜息に、皆が頷く。
「父上、何を言ってるんですか⁉ 俺は妻と話がしたいと言っているだけじゃないですか」
噛みつくカール殿下に、カミュウ殿下が半眼になる。
「その妻をずっと放っていたのは誰ですか?」
「だから、それは申し訳なかったと思っている。クレインがあんなに綺麗で色っぽい女になるなんて思っていなかったんだ。反省したから、これからは大事にする」
「馬鹿も休み休み言いなさい!」
ああ、とうとう王妃までキレられた。
するとカール殿下はキョトンとして、不思議そうに周囲を見回した。
「何でだ? お前たちだってクレインは誰よりも王太子妃に相応しいと言っていたじゃないか。それならば俺とクレインが夫婦として寄り添うのは、お前たちにとっても喜ばしい事だろう⁉」
「遅過ぎます! 何もかもが遅過ぎるんです!」
「恋は突然、始まるもんだ。早いも遅いもない!」
外務大臣の悲鳴に、カール殿下が言い返す。
ああ、こいつは全く現状を理解していない。
キレる周囲に鼻息が荒くなるカール殿下。
私はコホンと咳払いをする。
「……カール殿下、国同士の約束とは何よりも大切な物ですよね?」
「ああ、信頼関係に基づくからな」
「片方がこうしたいと言って、もう片方が同意すれば、それは後からなかった事にはできませんよね?」
「もちろんだ。頷く以上は、両方に益があると判断したはずだからな」
「書類も作成して、後は時期を待ってサインすれば完了という案件なら尚更ですよね?」
「証拠があるのだ。覆せるはずがない」
「今回はそれにあたるのです」
「馬鹿だな。恋に約束も証拠もない」
……ああ、途端に阿呆になられた。
国王夫妻も重鎮たちも、カミュウ殿下まで呆気に取られている。これはかなりのレアである。コホン、そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。
私がもう一度カール殿下を説得しようと口を開きかけた瞬間、カール殿下がガタンと椅子を蹴り上げた。
「とにかくクレインを呼び戻せ! 二人きりで話せば、あいつは絶対に喜んで俺の腕の中に飛び込んでくる!」
「何を根拠にそんな事が言えるのですか? 無理矢理、既成事実でも作る気ですか? 二人も愛人を抱えている人間に、誰が喜んで飛び込むと言うのです⁉」
カミュウ殿下がキレた。
そうだよな、密かに憧れていた女性をこうも軽視発言されたら頭にもくるわな。
正直、私もムカついた。
カミュウ殿下の叫びにもカール殿下は気付かない。
そしてカミュウ殿下と目を合わせると、ハッと失笑した。
「いい加減にしろ、カミュウ。クレインが俺を好きなのは誰から見ても明らかだろう。それを俺が子供だからと相手にしなかったから、今は拗ねているんだ。もしもあいつが大人しく戻って来て王太子妃になるのなら、クラウディアとカロナとは縁を切ってもいい」
「は?」
は?
は?
は?
カール殿下の言葉に、皆が心の中で同じ言葉を何度も繰り返す。
は? お前は一体、何を言っているんだ?
「……カール、お前まさか、クレイン嬢がお前を好きだとでも勘違いしているのか?」
ワナワナと震える指をカール殿下に向ける陛下。
うん、何もかも信じられない言葉だからな。
「何が勘違いですか? 十中八九間違いないでしょう」
ふんすと鼻息を荒くするカール殿下。
「……何を根拠に?」
額を押さえたまま問う王妃。
「あいつが名乗りを上げたのでしょう? 俺と結婚したいと。だから当時まだ九歳だったあいつが、この国にやって来た。そうでないと宰相があんなにも俺にあいつを勧めるはずがない」
私の所為だった―――――⁉




