ではでは、こうしましょう
私が耳を塞ごうとする前に、陛下の額に青筋が浮かびました。
「お静かに! 陛下の御前ですよ」
陛下の怒号が飛ぶ前に、宰相が先に二人を窘めました。
二人はバツが悪そうに視線を逸らして黙り込みます。
「カール殿下の主張は……今は横に置いておきましょう。それよりも何故、クレイン様をわざわざ寝室に呼んでおいて、そのような行為に及んでいたのでしょうか?」
宰相は夫の不満は後回しにして、まずは根本的な問題を問いました。
「だから、俺はあいつなど呼んではいない。何故、俺があいつを呼びつけなければならないんだ?」
夫はクワッと噛みつく勢いで、宰相に反論します。
「では、クレイン様が持っているあの手紙は一体なんだと言うのですか?」
宰相に促されて、私はそっと件の手紙を机の上に置きました。
夫は眉間に皺を寄せます。
「ソックス、この場で読み上げてください」
宰相に手紙を読むように言われた夫の側近は、私にチラリと視線を送り、私が頷くのを見て手紙を広げました。
「本日十三時に夫婦の寝室で待つ。カール。と書かれております。筆跡はカール殿下の物で間違いないかと」
「そ、それは俺がクラウディアに送った物。でも時間が違う……はっ!」
シーンと部屋の中は静まり返りました。
夫は口を両手で塞ぎましたが、しっかりと自分が書いた物だと認めております。
ですが、送り先は私の元ではなかったようです。
どういう事だと首を傾げておりますと、宰相がコホンと咳払いをいたしました。
「どうやらカール殿下が書いたのは間違いないようですが、送った先はクレイン様ではなく情事の相手であるクラウディア・イブニン伯爵令嬢のようですね。ではどうしてそれが、わざわざ時間を変えてクレイン様の手に届いたのでしょうか?」
「そんな事、俺が知る訳ないだろう⁉ はっ、まさかクレインお前、嫉妬して俺と彼女を貶めようとしたのではないだろうな?」
宰相の疑問に、夫は私を疑い始めました。
ですので、私は一言。
「貴方様に嫉妬するほど情はございません」
私の発言に、何故か室内は静まり返りました。
私、何かおかしな事を言いましたでしょうか?
首を傾げていると、またもや宰相がコホンと咳払いをされます。
「クレイン様のお気持ちは、ひとまず横に置いておきまして……」
宰相はこれもまた後回しにしてしまいます。
あまり横にばかり置いておいては、段々と積み重なっていくのではないでしょうか?
ちょっと心配になります。
「クレイン様はこの手紙を、誰から受け取ったのでしょうか?」
「それは昼食を終えてすぐに、部屋に届けられたのですわ。モナ、届けに来た侍女の顔は覚えていて?」
宰相が私に手紙を受け取った際の状況を訊ねてきたので、私は直接受け取った侍女のモナに話を振りました。
モナは元気よく「はい」と答えます。
「新顔ですが、よく覚えています。金髪の髪を一つにまとめた、そばかすの残る茶色の瞳の女性です。年のころは二十代前半だと思われます。口元の右に三つの黒子がありました」
モナは侯爵家から連れて来た私の侍女で、幼い頃からずっと側にいてくれる優秀な女性です。
記憶力が大変優れていて、手紙を持ってきた侍女は俯いたまま、すぐに帰ってしまったのですが、彼女はちゃんと特徴を覚えていたようです。
宰相はモナの証言に「ふむ」と言って、手を口元に持っていき城内の侍女の顔を思い浮かべているようです。
ですが、いくら優秀な宰相とはいえ、城内にいる侍女を隅から隅まで知っているはずはありません。
「……おい、三つの黒子とはここにあったのか?」
何故か夫が難しい顔をしたまま、自分の口元を指差します。
モナは戸惑いながらも「はい」と返事をします。
すると夫は何かに思い当たったのか、気まずそうに顔を背けてしまいました。
はい、夫の知っている侍女なのですね。
私は夫に声を掛けます。
「クラウディア様の侍女なのですか?」
「!」
驚く夫ですが、その表情はバレバレですよ。
何故か宰相や陛下、重鎮の皆様も驚いています。
いやいや、夫は大変分かりやすかったですよ。
嘘の付けない方ですからね。
「……何故、そう思う?」
いやいや、ですから貴方のその表情ですってば、とは流石に言えないので、私は当り障りのないように答えます。
「殿下が仰ったのではないですか。クラウディア様に出した手紙だと。ですからクラウディア様が受け取って、わざわざ時間を一時間遅く書き換えて私に持ってこられたのでしょう。嫉妬したのはクラウディア様だったのでしょうね」
「何故、嫉妬したからといってお前に俺たちの情事を見せつける必要がある?」
「え、本気で仰ってますか? 妻である私より自分の方が愛されているのだと、示したかったからでしょう」
「うっ、可愛い奴だ」
……………………。
夫の頭がお花畑で少し心配になりました。
普通に考えれば、女の嫉妬や優越感などドロドロの感情から出た行動ですのに、それが可愛いと思える夫の脳は、最早末期。
救いようがございませんわね。
頬を染めてニヤニヤ笑う夫に、宰相がコホンと咳払いをされました。
「クレイン様に寝室に来るよう策略したのは、クラウディア様で間違いないようですね」
「策略など、大層な言葉を使うな。クラウディアはただ嫉妬しただけだ」
夫が私の言葉をそのまま使います。
半眼になる周囲の中で、一人の貴族が手を上げました。
「殿下のお相手のクラウディア様とは、イブニン伯爵家の令嬢ですよね? 彼女は確か殿下より六歳上ではありませんでしたか?」
「そうだが、それがどうした?」
「いえ、少し離れているように思いましたので……」
「それならば、そこにいるクレインも私とは六歳離れているではないか。上か下かの違いだろう。胸があるかないかの違いなら、ある方を俺は取る」
欲望まみれの夫の言葉に、周囲はますます無言になります。
二十四歳で十二歳の私より胸がなかったら、それはそれで気の毒過ぎます。
夫は言ってやったというように、鼻息をフンスフンスと荒くしております。
最早、私の眼からは盛りのついた犬にしか見えません。
「……殿下は、その、クラウディア様がお好きなのでしょうか?」
違う貴族が、私を気にしながらも夫に問います。
もしも夫が彼女を本気で愛していると言うのなら、対策を練らなければならないとお考えなのでしょう。
ですが私には、あの光景を見た時から一つの考えが頭をよぎっておりました。
私の提案は夫と私、双方にとっても良い事でしょうし、両国にも迷惑かけないものだと思います。
私は夫の答えを期待しました。
どうぞ、クラウディア様を愛していると仰ってくださいな。
そうして夫が開いた口からは……。
「クラウディアの体に惚れている。あれは大層抱き心地が良い」
……………………。
馬鹿でした。欲望まみれの獣でしたわ。
皆、呆れてあんぐりと口を開いてしまっております。
夫の側近に至っては、床に跪いておりましたわ。
「カール、お前という奴は……」
陛下が怒りでフルフルと震えだしました。
まあ、思っていても臣下を前に、こんな場所で素直にそんな事を言う王族はいないでしょう。
ですが私は、ここで陛下がお怒りのまま夫とクラウディア様を罰しても私には何の得もないので、無理矢理提案を述べる事にしました。
「殿下のお気持ちは分かりましたわ。そこで一つ私から提案があるのですが、聞いていただけますでしょうか?」
「……詫びろとでも言う気か?」
夫は私をギロリと睨みつけると、低い声でそんな事を言いました。
私は首を傾げます。
夫の軽い頭を下げたところで、何の価値があるというのでしょうか?
「そんな意味のない事をしていただいても時間の無駄ですわ。それよりももっと実のある話をいたしましょう」
「俺の詫びが、意味がないだと? 王族の謝罪だぞ! 価値ある重いものに決まっているだろう!」
「申し訳ありません。私には、無価値です」
キッパリと言い切ると、夫は愕然としました。
よく見ると、陛下も王妃も宰相も、重鎮の皆様まで愕然とされております。
そんなに大層なものだったでしょうか?
この女性の胸にしか興味のない頭が?
私にはよく分かりません。




