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白い結婚のまま、さようなら ~女好きな夫との離婚は決定事項です  作者: 白まゆら


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ぐぐぐ、宰相の苦悩

 十二歳のある日を境に人形姫が動き出した。


 私はサビティ国の侯爵バレディオ・ナガラ。宰相として日々この国に献身している身である。

 我が国は小国とはいえ、それなりに豊かな土地を持っている。

 今は戦争を起こすほど疲弊している国も周辺にはない上に、隣国同士も均衡を保っているので当分は平和に過ごせるだろうと、そんな状況に誰もが甘んじていた。

 しかし、いつの世にも備えは必要だ。

 大国との、それも軍事力に強い国との繋がりは喉から手が出るほど欲しい。

 我が国の王子もお年頃。

 そろそろ妃を迎えてもいいだろうと、エイワード国に目を付けた。


 かの国は広大で豊かな土地もあり商業も盛んだ。

 金が豊富なら軍にも力を注がれる。

 近辺で最も強い国とされている国から妃を迎え入れられたら、どんなに心強いだろう。

 そう考慮した私は、陛下や重鎮たちを言いくるめ書簡を出した。

 だが、すぐに返って来た返事には王女ではなく侯爵家の娘ではどうかという提案だった。

 王女二人にはすでに決まったお相手がいて、今更変更するなどありえないと言う。


 さもありなん。

 いくら豊かな土地を持っているとはいえ、我が国程度の規模では大国の王女の婚姻を覆すほどの旨味はない。

 それにかの国ほどの大きさなら侯爵家でも十分、価値はある。

 有り無しで言えば有りだなと頷くが、最後の一文が引っかかる。


 相手の侯爵令嬢はまだ九歳だというのだ。

 十五歳の王子と年齢差だけ見れば六歳など全く問題ないのだが、それが九歳となると話が違う。

 流石に不味いのでは? という意見がチラホラ出る中、私は無理に押し切った。

 九歳であろうと五十歳であろうと、大国と縁を結べる機会をみすみす手放す訳にはいかない。

 小国に差し出す年頃の娘がいないのならば、年頃になるまで待てばいいだけの事。良くある話だ。

 なあに、七年などあっという間だ。

 私は我儘な子供など嫌だと言う十五歳の王子に、お前だって我儘なガキだろうと思いながらも、従順で年齢よりも大人びた綺麗な少女らしいので大丈夫ですよと嘯いた。


 とにかく王子にその気になってもらわなければいけない。

 私は毎日、従順な少女なら躾のし甲斐があります、だの、大人びた少女なら発育もいいのでは? だの、とにかく綺麗な少女らしい、だのと王子の耳元に囁いた。

 すっかり気分を良くした王子が頷くのを見て、すぐにエイワード国に侯爵令嬢にお越しいただきたいとの了承の意を綴った書簡を送った。


 話はとんとん拍子に進み、彼女は十歳で我が国に嫁いできた。

 王女ではなかった事の詫びなのか、結婚式にはエイワード国の王太子夫妻がわざわざ我が国に訪れて参列してくださった。

 しかもかの侯爵令嬢と、何やら親し気に言葉を交わしている。

 王太子妃など彼女を抱きしめてさえいる。

 これは思った以上に彼女の価値は高いのでは? と喜んだのだが、当の王子がすっかりへそを曲げてしまった。


 私があまり言い過ぎた所為で、王子は侯爵令嬢に夢を見ていたようだ。

 その想像は何故か年齢を爆上げして、自分と同じ年頃の豊満で綺麗な少女を描き出していたのだろう。

 ツルペタと騒ぐ王子に私は、成人女性でもツルペタはいます! と力説したのだが、流石にジト目を向けられた。

 王子は侯爵令嬢を、全く相手にしなかった。

 ――これは私の落ち度である。


 そして誤算はもう一つあった。

 侯爵令嬢はとても綺麗な顔立ちをしているのだが、とにかく表情がない。

 ニコリとも笑わないのだ。

 その上、大人しい。

 自我という物が全くないのかと思うほど、意思表示をしない。

 発する言葉は「はい」か「いいえ」だけである。

 そんな様子に段々と貴族も相手をしなくなる。

 大国からわざわざ招いた王太子妃を孤立させるのは不味いと思ったのだが、何を言っても人形のように座っておられる姿に、正直ゾッとしてしまう。

 綺麗なだけに怖いのだ。


 彼女付きの侍女たちが、冷めた食事を持っていけば流石に何か言うのでは? とヒソヒソと悪巧みをしている事を、私の手の者から聞かされた。

 しかし私は、それを止めずに成り行きを見守った。

 私も見て見たかったのだ。

 人形姫が感情を出す姿を。


 ――目論見は失敗に終わった。

 幾分かは目を細められたようではあるが、それでもいつものように綺麗な所作で召し上がられたようだ。

 助長した侍女が食事に虫を入れようとした姿を見て、流石に手の者から注意させた。

 そこまでやってはエイワード国に言い逃れできない。

 彼女を傷付ける事だけはしないようにと、それだけはきつく言い渡す。


 物理的な嫌がらせができないとなると、使用人は手を抜くようになる。

 王太子妃に相応しい数の侍女を付けたのだが、彼女たちは交代でさぼるようになったのだ。

 何においても必ず彼女を待たせるし、聞き間違った風を装って違う事をする。

 使用人たちの仕事も、適当な掃除をしたり必要な物資を持ち込んでいなかったりと、城では到底ありえないほどの杜撰な仕事ぶりを発揮していた。

 イライラした姿を見たいのだろうが、悪事である。


 彼女は怒る事もなく淡々と、自分が祖国から連れて来た侍女と共に動いていた。

 正直、侯爵令嬢とは思えないほどの優秀ぶりである。

 まず、聞いた話では彼女は身の回りの事は自分でできるらしい。

 しかも掃除もできるようで、彼女の部屋は使用人が驚くほど常に清潔にされている。

 使用人が手を抜いたところで、彼女の生活には全く支障がないそうだ。


 生活面に対して優秀だという事だが、彼女は王太子妃の執務でもその優秀ぶりを発揮していた。

 任せた書類は必ず完璧に仕上げてくるのだ。

 それも必ず期限までに。

 彼女は王太子妃の仕事をする前から、書類に慣れている節がある。

 そうでなければ印忘れなど、細かな事に気付くはずがない。

 不備として書類を返された私が言うのだから、間違いない。

 まあ、国事に関わるような難しい物は回していないが、それでも十二歳の少女が淡々とこなせるような書類ではないはずだ。


 そして婚約期間が短かった所為で、婚姻しても続いていた王太子妃教育もそれなりに終わらせている。

 それなりに、というのは何故か彼女は、サビティ国にまつわる重要な勉強からは逃げているようなのだ。

 どの国にも王族、並びに重鎮しか知らない案件はある。

 それらを知る事は、王太子妃教育の最も重要な部分でもある。

 そういう事から逃げるように彼女は他国の言葉を学んだり、過去に難病とされ治らなかった病気を、調べたりするのだ。

 わざとやっているようにしか見えない勉強だが、それでも王太子妃の知識として不必要な物ではない以上、それを中断させる事はできない。


 それに教育に関しては、私からは何も言えなかった。

 使用人が彼女を蔑ろにし始めた頃、王太子妃教育をしていた教師もまた、彼女にありえない体罰を与えていたのだ。

 彼女の白い肌にくっきりと鞭の痕。それも幾筋も。

 確かに教師の中には、教育として子供の手を鞭で叩く者もいる。

 だが、彼女はエイワード国の者だ。

 しかも王太子妃に、一介の教師が鞭で叩くなどありえない。

 それを私が見付けたのは、公務でお会いした時の事。


 会場に歩いて来る彼女に挨拶しようと近付いた時、その手元を見たのだ。

 そこにはハッキリとした傷痕。

 驚愕する私の目の前で、彼女の侍女が忘れていたかのように慌てて彼女の手に手袋をはめた。

 そしてその小さくて薄い肩にも、ショールをかけたのだ。

 そこにも無数の傷痕が残っていた。


 彼女はチラリと私を見た。

 ああ、これはわざと私に見せたのだ。

 彼女に危害を加えている者の存在を。

 私はすぐに、これが教師の仕業だと調べ上げた。

 もちろん、全員クビにした。


 しかし彼女は、教師が全員変わった事にも言及してこない。

 素直にそれを受け入れたのだ。

 何も言ってこない以上、この事を公にはできない。

 してしまえばサビティ国の落ち度として、エイワード国の耳に入ってしまう。

 それだけは絶対に避けねばならない。


 確実に弱みを握られているのに謝罪もできない。

 私はそんな彼女に戦慄を覚える。

 一体、彼女は何を企んでいるのだろうか?

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