では、作戦会議です
ロレント公爵家の侍女に手伝ってもらって、ドレスアップした私を部屋まで迎えに来てくださったジアス様。
紺の正装に身を包んだジアス様のお姿は、まさに眼福の一言です。
そんな麗しいジアス様が、私を見て頬を染めました。
「いつもお美しいですが、本日は春の妖精のように愛らしいですね。ピンク色のドレスなど初めて拝見いたしました」
ジアス様の誉め言葉に私の頬も染まります。
「今まではできるだけ目立たないようにと、華やかな色合いの衣装は避けていましたの。ですがもうよろしいかと、思い切って着てみましたが、似合いますでしょうか?」
照れくさくてチラチラと盗み見しますと、ジアス様は目を細めました。
「もちろんです。クレイン様はどんな色合いもお似合いになりますが、薄い色も雰囲気が変わって、とても素敵です」
「……ありがとうございます」
ジアス様の屈託のない笑顔に、赤面するしかありません。
そんな私たちを見ていた使用人の皆様の視線に気付いた私は、慌ててジアス様を食堂へお誘いしました。
「そ、そろそろ参りましょうか、ジアス様。公爵夫妻がお待ちですわ」
「そうですね。行きましょう」
エスコートをしようと、そっと出された彼の手に私の手を重ねます。
公務で仕方なく夫にエスコートされた事もありましたが、あれは私の歩幅も考えず自分勝手に歩く夫に必死でついて行くという拷問でした。
ですが、ジアス様のエスコートは私に寄り添ってくれるもので、とても安心して頼ってしまいます。
本来エスコートというものは、こういう事を言うのでしょうね。
ふと見上げると、ジアス様と目が合います。
彼はニッコリと笑って「大丈夫ですか?」と訊ねてくれます。
私を気遣ってゆっくり歩いてくださっているのに、声までかけてくださるジアス様は完璧な紳士です。
ああ、夫にジアス様の爪の垢を煎じて飲ませたい。
あ、ジアス様の垢とはいえ一部分でも夫の体内に入るかと思うとぞっとするので、やっぱりいいです。
なんてお馬鹿な事を考えていると、食堂に着きました。
公爵夫妻は席についていて、やはりお待たせしたかと申し訳なくなりました。
「では、これからの事を話そうか」
終始、笑い声の上がる楽しい夕食を終えた後、公爵夫妻に誘われた談話室でロレント公爵が本題に入られました。
これから……この国の王太子から逃げて来た形になる私の、これからの行動についてです。
「離婚の書類さえあれば、すぐにでもこの国から出る事は可能なのだが、殿下がサインするかどうかが問題だね」
「あの雰囲気では、サインどころか探し出して連れ戻そうとなさるでしょう」
「長年、離婚に承諾して好き勝手しておきながら、いざとなると手のひらを返すだなんて、情けない。陛下が活を入れて殴ってでも、強制的に書かせればよいのではなくて?」
公爵の言葉にジアス様が夫の行動を懸念されると、夫人が呆れて提案されました。
公爵夫人、少し過激ではありますが、私も賛成です。
「まあ、いざとなったら国同士の王がすでに決めた事案ですから、無理にでも書かせるでしょうが、ギリギリまで粘りそうではありますね。クレイン様の情に訴えてくるかもしれませんし……」
そう言ってジアス様がチラリと私を見ます。
ですので私はハッキリと述べました。
「訴えられて頷く情は、塵芥ほども存在しません」
「……………………」
あら、公爵夫妻がちょっと引いてます。
ジアス様は口元を手で隠し、横を向いて肩を揺らしてしまわれました。
くくっと漏らした声から、笑われているように思います。
「まあ、そう思わせるほどの扱いをしていたのは王太子殿下ですからね。自業自得というものですわ。それよりも、ダラダラ引き延ばされても困りますわよね」
夫人の言葉に私は頷きました。
この状態で待ちぼうけになるのは、ちょっと落ち着きませんね。
「クラウディア様を揺さぶってみましょうか?」
私の意見に、皆様「え?」というお顔をされます。
「クラウディア様というのは、あのクラウディア・イブニン伯爵令嬢ですか? 王太子の愛人の」
「ええ、そうです。彼女は王太子妃の座をカロリーナ様に奪われると、とても心配されておられました。そんな状況で、私にまで殿下が興味をもたれたと知れば、何かしらの行動をとられるのではないかと思うのです。また殿下の心を掴んでくだされば、それが一番良いのですが」
「最初の愛人か……。まあ、あれが王太子妃になるというのには懸念があるが、クレイン様を逃がすためには利用してもいいかもしれない」
「あら、あなた。アレが王太子妃になれるはずがないではありませんか。これほどの問題を起こせば、流石に陛下もカール殿下の廃嫡を考えるでしょう」
「そうですね。カミュウ殿下が王太子になる前にクレイン様を逃がさなくては」
私がクラウディア様を利用する案を上げますと皆様賛成してくださったのですが、公爵夫人、そんなに簡単に自国の王太子の廃嫡を口にしていいのでしょうか?
ジアス様もカミュウ殿下を警戒し過ぎです。
「しかし懸念はもう一つある。陛下がクレイン様を逃したくなくて、これ幸いとカール殿下の後押しをするかもしれない。陛下にとってはカール殿下がクレイン様に惚れて、仲良く王太子夫妻になってくれるのが理想だろうからな」
公爵が怖い事を仰います。
「それならば猶更クラウディア様に動いてもらいましょう」
そんな事になったらますますややこしくなると、私は慌ててクラウディア様の存在を押します。
「クレイン様はクラウディア嬢を、どのように利用しようと考えているのですか?」
公爵に訊ねられますが、私は首をコテンと傾げてしまいます。
「まだ大した事は考えていないのですが、とりあえず夫がカロリーナ様に大量のプレゼントを、王太子妃予算から送ろうとしていた事をお伝えしようかと」
「何ですか、それは?」
公爵夫妻が目を丸くされたので、私は夫が初めて私の執務室に訪れた理由を述べました。
お二人は頭を抱えてしまいます。
「……女に対して愚かだとは聞いていたが、それほどとは」
「え、王族の教育、ちゃんとできてます? 彼の仕事、そのまま通していませんわよね⁉ 最終確認、誰がされているんですの?」
お二人に苦悩を与えてしまい、申し訳なくなります。
「クラウディア嬢はカロリーナ嬢を敵対視しているから、二人をもめさせようとお考えなのですか? ですが、それではカール殿下の関心がクレイン様から引き離される事はないのでは? 反対に二人の揉める姿を見て、ますますクレイン様に心を移される可能性がありますよ」
ジアス様の懸念に、私は生意気にも「ですが」と反論してしまいます。
「ジアス様もご存知のように、殿下は女性が揉め事を起こしてもそれが自分への愛情から起きたものだと分かると、喜ぶというおかしな性癖をお持ちです。ですからお二人が殿下の愛情を取り合った結果、揉め事を起こせば私などの関心は薄れるのではないでしょうか? 所詮、私を意識したのも胸ですからね」
夫は、クラウディア様がアッハンウッフン現場を私たちに見せつけたのも嫉妬の上での事だと分かれば、自分のXXXを不特定多数の人間に見られても許していましたし、カロリーナ様がカミュウ殿下に無礼を働いた時も自分の立場が危ういというのに、愛していると言われて私たちの目の前で二人の世界を繰り広げてくださいました。
他者に恥ずかしいお姿を見られても、自分の地位が危うくなっても、愛の前では快く許される寛大なお方ですので、私ごときのお胸に惚れられたお気持ちなど綺麗さっぱり忘れられるのではないでしょうか。
そう思ってジアス様を見つめますと、あら? お顔がうっすらと赤くなっておられます。
「ジアス様?」
首を傾げて顔を覗き込みますと、視線を逸らされてコホンと一つ咳をされます。
「まあ、それも一理あるかもしれませんが、それほどカール殿下の貴方への想いは単純なものでしょうか?」
お胸だけかと申されるジアス様に、私はコックリと頷きます。
「反対に、それ以外に何があります?」
「え、そう訊かれますと……」
ジアス様が困った表情をされます。
「殿下は本日、私の胸に気付いたあの時まで私など一切見ていませんでした。滅多にない会話でさえ端的に話すだけです。それで私への想いがあるなどと言われても信じられませんし、あったとしてもそれは胸が関係していると思います。断言します。彼は巨乳に顔をうずめて、やりたいだけです」
私がキッパリ申しますと、ジアス様が顔を真っ赤にされて言葉をなくされてしまいました。
あら、ちょっとはしたなかったかしら?
公爵夫妻もあんぐりと口を開かれています。
でも、クラウディア様の件がバレた時もやりたいばかり言っていた夫ですから、それしか考えようがありません。
「あ、あー、クレイン嬢。貴方がカール殿下に今までどのような目にあっていたか分かる発言ですな。この国の者として、心よりお詫び申し上げます」
公爵に頭を下げられてしまいました。
夫人が無言で私を抱きしめます。
いい匂いがして落ち着きますね。
「そうですね。クレイン様の仰るように、クラウディア嬢に揺さぶりをかけてみるのも一つの手かな。何かしらの動きがみられるかもしれません」
コホンコホンと咳払いをした後、ジアス様が私の提案に乗ってくださいました。
「では私の手の者が城にいるので、それをクラウディア嬢の側に行かせよう。成果が出るまでは、この屋敷でのんびりとしていてください」
ありがたい事に公爵が動いてくださるようです。
私は公爵夫妻とジアス様に頭を下げます。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
三人は笑顔で頷いてくださいました。
さてさて、クラウディア様はどのような行動をとってくださいますでしょうか?




