ふぅ、一休み
「ようこそいらっしゃいました、クレイン様」
両手を広げて迎えてくれたのは、ロレント公爵と公爵夫人、それに使用人の皆様です。
ロレント公爵は、流石友人だけあって気性はヘイネス公爵によく似ておられます。
ヘイネス公爵に紹介されてから何度か会いに来てくださっていたので、エイワード国のお父様はヘイネス公爵ですが、ここサビティ国のお父様はロレント公爵だと、失礼ながら勝手に思っております。
私は出迎えてくれたロレント公爵夫妻に頭を下げました。
「この度は無理を言いまして、誠に申し訳ありません」
「何を仰います。我が国の馬鹿が起こした問題です。クレイン様が謝られる事ではありません」
「そうですよ。それに我が家の娘は全員結婚して家を出てしまいました。寂しかったのでクレイン様が来てくださって、大変嬉しゅうございますわ」
公爵、馬鹿って仮にも貴方の国の王太子ですよ。
まあ、私の周りでは皆が夫を馬鹿と呼んでおりますので、今更かもしれませんね。
それに夫人の優しい眼差しを見ていますと、実母を思い出します。
お母様も、いつも私を優しい瞳で見つめてくれていました。
病気になって辛い時でも、ずっと……。
「やったな、ジアス。とうとうあの馬鹿からお姫様を救出したな」
公爵がジアス様の肩をバシバシ叩いています。
「やめてください、公爵。クレイン様が驚いていますよ」
呆れながらも少し不貞腐れているような仕草に、ヘイネス公爵といる時のジアス様を思い出し、ほっこりします。
私と一緒でジアス様にとっても、ロレント公爵はサビティ国のお父様なのでしょうね。
「クレイン様、お疲れになったでしょう。まずは、お部屋を用意したので、ゆっくりなさって。お夕食は、ご一緒してくださるかしら?」
エントランスホールで立ち話をしていると、公爵夫人が気遣ってそう仰ってくださいました。
「はい、ありがとうございます。ぜひご一緒したいです」
私は喜んで頷きます。
確かに大変な一日だったので休憩させていただけるのは嬉しいのですが、久しぶりの一人でない食事のお誘いには気分が高揚します。
ヘイネス公爵親子は醜聞を警戒して、いつもお茶の時間に来てくださいます。
夫の事もありますので、どんな悪評を立てられるか分からない以上、下手な行動はとらないようにと昼食も夕食も一緒に取った事がありません。
お母様が亡くなってから実家ではいつも一人で冷めた食事をとっていましたし、サビティ国に来てからは夫が家族の食事の席に呼んでくださいませんでしたので、陛下や王妃、カミュウ殿下とも公務などがない限り一緒に取る事はありませんでした。
離婚する事が決まってからは、こちらが避けていたというのもあります。
ですから普通に夕飯に招かれるなど、かなり久しぶりな事なのです。
私が喜んでいますと、公爵夫人が目を丸くされました。
「まあ、なんてお可愛らしいのかしら。クレイン様の笑顔は、花が咲いたように愛らしいですわね」
頬を染めてフフフと笑う夫人に、今度は私が驚きます。
「え? 私、上手に笑えていましたか?」
「まあ、これほど愛らしく微笑まれるのに自覚無しなんて、罪なお方。ね、ジアス様」
何故かジアス様に話を振られます。
すると公爵とお話されていたジアス様が、カッと赤くなられました。
「……公爵夫人、揶揄わないでください」
「おいおい、そこは可愛いと同意するところだろうが」
公爵にガハハと笑われ背中をバシンと叩かれて、ジアス様が公爵にジト目を向けます。
「クレイン様は、どんな表情でもお可愛らしいですよ。まあ、笑顔は特別ですけどね」
サラリとそう言ったジアス様に、今度は私の顔が赤くなります。
そんな私たちを見て、周囲の目が生暖かくなりました。
――なんだか二人して、いたたまれなくなります。
そんな様子に見かねた夫人が、助け舟を出してくださいました。
「クレイン様、この侍女にお部屋を案内させますね。あなたとジアス様はお話があるのでしょう。さっさと執務室にでも向かってくださいな。では、後ほど夕食時にお会いしましょう」
そう言ってその場での解散を促してくれたのです。
私は侍女の案内で、用意してくださったお部屋へと足を運びました。
お部屋は可愛らしいアンティーク家具を基調にしていて、壁紙はクリーム色の優しい雰囲気です。
客室にしては広く、隣には侍女が控えられるように小さな部屋もあります。
「まあ、こんな素敵なお部屋をお借りしてよろしいのでしょうか?」
案内してくれた侍女にそう申しますと「もちろんですわ」と笑って頷いてくれました。
「奥様より、このお屋敷のお嬢様だと思って真心込めて接するよう申し使っております。ステナと申します。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。クレインと名前で呼んでくださいな。こちらは私の侍女のモナです。そして護衛騎士のリック。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。モナさんは隣のお部屋をお使いください。リックさんは、また後程お部屋へご案内いたします。すぐにお茶の用意をいたします」
「いいえ、大丈夫よ。それよりも荷解きを手伝ってくださらないかしら?」
「もちろんですわ。お任せくださるなら他の侍女も手伝わせていただきますので、モナさんもゆっくりなさってください」
そう言ってステナは私たちを休ませると他の侍女と共にサクッと荷解きをしてしまいました。
とりあえずの荷物だとしても、一応私はまだこの国の王太子妃です。
それなりに荷物はあるはずなのですが、それらを物ともせずに片付けてしまえるスキルは実家にも欲しいくらいです。
また後程、着替えのお手伝いに参りますとステナが部屋を去り、私とモナ、リックの三人になって、改めて息を吐きました。
「なんだか慌ただしくて現実味が薄かったのだけれど、私、やっとあの城から出る事ができたのね」
「カール殿下がクレイン様に一目惚れするなど何の冗談かと憤りましたが、結果的にはあの場から出られた事に感謝ですね」
「謂れのない嘲笑や侮蔑に、よく六年も耐えられました。ご苦労様でしたわ」
リックが結果良ければすべて良しと笑い、モナが六年間の城での生活を労わってくれました。
まあ正確には五年半ですが、それでもよく耐えました、私。
だって城での生活は本当に辛いものでしたから。
最初から夫は私に興味を示さなかったので、王族の食事の席にも呼んでもらえなかった私は、一人放っておかれていたのです。
それは王族の加護がないのと同類です。
他国から嫁いできた私に王族の加護がなければ、他の貴族が相手にするはずがありません。
貴族が相手にしなければ、使用人も同じです。
気付けば使用人の態度は酷いものになっていました。
冷めた食事を運ばれたり、呼んでもすぐに来なかったり、頼み事をしても粗相ばかり。
毒身で食事が冷めるという事はありますが、わざと冷めるまで放置していた事はすぐに分かりました。
呼んでもすぐに来ないのも、常備控えるはずの侍女が交代でさぼっていたからです。
真面に仕事をする使用人も、誰一人としていませんでした。
ですから必ずミスをするのです。
それを平気で行うのだから、開いた口が塞がりませんでした。
誰に訴える事も出来ずに王太子妃教育が始まると、今度は教師が罰と称して鞭で打つようになりました。
その内、夫に相手にされない妻として嘲笑の的になり、侮辱する言葉を聞こえるように言われたり、夫の浮気相手を声高に教えてくれたりしました。
ですので、夫の相手は宰相より詳細に知っているかもしれませんね。
まあ、離婚が確定した後からは宰相を脅したりしましたので、いくらかマシにはなりました。
慌てて宰相が介入したのでしょうね。
残念です。そのまま続けていたらエイワード国の王太子殿下との会談中に、つい口を滑らせようと思っていたのに。
改善されたので、あまり強い事は言えなくなりました。
まあ、弱い事は言ってしまうかもしれませんが。
使用人の対応は真面になりましたが、あくまで真面です。
当然の仕事をしているだけですので、それ以上に親しく接してくる事はありません。
こちらとしても今更、親しくなりたいと思いませんので、それで十分でした。
控える侍女に関しましては、元に戻す事を断りました。
どうせ夜会に出る訳でも無し、着飾る必要のない私にはモナ一人が居れば後は邪魔なだけです。
ですから私付きだった侍女が、どのような状態になったかは知りません。
城では見なくなった、という事だけ付け足しておきます。
陰口や噂に関しては相変わらずではありました。
まあ、これに関しては離婚が決定した以上、最早気にもなりませんでしたし、夫に関しましても情報をくださってありがとうございますと言いたいですね。
そんな城から、やっと出られたのです。
それが夫の奇行によるものだと考えると複雑ですが、それでも人目を気にしなくて済む解放感に心底安堵しても罰は当たらないでしょう。




