あれよあれよと、とりあえずお世話様
モナの説明に一瞬、唖然としてしまいましたが、すぐにおかしな事に気が付きます。
「モナ、それはおかしいわ。カロリーナ様がカミュウ殿下に無礼な態度を取った際、殿下に責任を取っていただいたでしょう。あの時、私の顔を見ていらしたわよ」
私の顔を見てしきりに首を傾げるという不審な行動をとっていたのは、モナもしっかりと見ていたはずです。
モナは記憶力がとてもいいのです。
私が覚えているのだから、モナが忘れているはずがありません。
「ですから、あの時はまだ今のようなお胸ではなかったではありませんか。けれど大人になりつつあるお顔を見て、子供の時のクレイン様と違うと自分の記憶と合わない事に不思議に思ってらしたのではないですか?」
「え、それはただの馬鹿?」
リックがモナの説明に、思わず不敬な言葉を吐きます。
ですがそれも仕方がありません。
だってモナの説明が本当ならば、それはもうただの馬鹿です。
十二歳から十四歳など、成長著しい時期に顔が変わるのは当然ではないですか。
子供のふっくらとした頬はスッキリとしますし、顎の脂肪も増えて顔全体のバランスが変わるのですから。
ですが全くの別人になる訳ではありませんので、毎日接している人にはすぐに分かります。
いえ、毎日接していなくてもちゃんと顔を見てお話していれば気付きます。
赤子から大人になった姿を見た訳ではないのですから。
そんな私を見て首を傾げていたなど、夫はどれほど私を見ていなかったのでしょうか?
関心がない事は知っていましたが、普通に顔を見るくらいはするでしょう。
そして私はモナの説明にハタと気付きます。
「ちょっと待って、モナ。そうすると殿下は私の胸で、私が大人になったと判断したという事?」
「そうだと思います。ボリュームのあるお胸に釘付けになり、顔を見たら好みの顔だった、という事ではないでしょうか⁉」
私はクラリと眩暈を起こします。
ソファに座っているのでそのまま倒れてしまいそうになりますが、ジアス様が倒れ込まないように前から肩を支えてくれました。
「ありがとうございます、ジアス様」
「あ、いや……」
その顔が少し赤くなっています。
「あの、カール殿下はそんなに女性の胸、ばかり見ているのですか?」
視線を逸らして照れながらそう言うジアス様に、ほっこりします。
ジアス様は十七歳。初めて会った時の夫など十六歳だったのに、もう女性のお胸にしか興味がなかったですよ。
一歳しか違わない、それも夫の方が年下だった時と比べて、あまりにも違う二人の態度に、私はジアス様の反応の方が好ましいと感じました。
「殿下は初めて会った時から、女性の胸にしか興味を抱いておりません。ですから私は、そういう生き物だと思っておりました」
「男性が全員、そういう生き物だという事はないよ」
「もちろんです。夫だけがそういう生き物なんだと理解しています」
ジアス様が少しだけ慌てて弁解しましたが、そこはちゃんと分かっていますよ。
四六時中、女性の胸が頭にあるのは夫だけだと思います。
ただリックが横で「まあ、興味のない男はいないとは思いますけど」と呟いていたのは全力でスルーさせていただきました。
モナがリックの横腹に肘鉄を喰らわせていましたし、ジアス様が口元を手で隠して横を向いてしまわれましたから。
私は空気の読める女なのです。
「話をまとめますと、本日いきなり執務室に押しかけて来たカール殿下が愛人のプレゼントをクレイン様の王太子妃予算から払わせようとした挙句、大人になったクレイン様に一目惚れして言い寄って来たと、そういう訳ですか?」
とっても簡潔にジアス様が話をまとめてくださいました。
全くもって受け入れ難い展開です。
「クレイン様が美人なのは誰もが分かっている事実に、今まで気付かなかったなんて、ある意味凄いお方ですね」
リックが大きな溜息を吐きました。
私が美人かどうかは別として、結局夫は本当に女性のお胸にしか興味がないという事が改めて分かりました。
全くもって要らぬ真実です。
「けれど今更カール殿下がクレイン様と婚姻生活を続けたいと仰られても両国が離婚へ向けて動いている今、覆される事はないと思います」
モナが私に安心させるように、そう言ってくれます。
ジアス様も頷いてくれました。
そうして胸ポケットから一通の手紙を取り出します。
「実は王太子殿下から私的な手紙を預かってきています。カール殿下とクレイン様の離婚を、正式に両国で合意したという報告です。殿下の素行の悪さは我が国にも届いていますからね。正直、サビティ国側からはカミュウ殿下との婚姻を新たに打診されましたが、賠償金などは一切取らないという話で、それも落ち着きました。ですので、いつ帰国されても構わないそうです。成人までにはまだ日があるのでマルシアス侯爵家に戻って動かれてもいいですが、王宮で部屋を用意してもいいと王太子殿下は仰ってくれています」
「まあ、そうなのですか⁉」
私は驚いて目を丸くします。
そこまで動いてくださっているとは、何と心強い事でしょう。
しかし、やはりカミュウ殿下との話が上がっていましたか。
自意識過剰的に警戒していて、正解だったという事でしょう。
「王太子殿下には感謝しかありませんね」
結婚式の時に、妹のように思うと仰ってくださった事は本当だったのだと、私が頬を緩めていますと、ジアス様が「それでですね……」と話を続けられました。
「クレイン様が帰国されるのなら我が家に滞在していただきたいと以前から父上と考えていまして、実はこの数か月その準備をしていたのです。我が家でしたらマルシアス侯爵家で動いてくれている使用人とも相談しやすいでしょうし、時間を気にせず滞在していただけます。それに、そのまま一生いてくださっても大歓迎ですし」
ジアス様が優しい微笑みを浮かべて、そう言ってくれました。
ううっ、優し過ぎますジアス様。
一生なんて……いくら鈍い私でも、ちょっと勘違いしてしまいますよ。
私が感動していると、後ろでモナが目をキラキラと輝かせていました。
「それは素晴らしい提案でございますね。カール殿下がクレイン様に欲情された今、いつ襲って来るかもしれませんし、すぐにでもこの国を出た方がいいかもしれません」
「え、ちょっと待って。襲ってって、彼は先程自覚したばかりですよね? そんなすぐに行動はしないだろうし、国同士で話が決まった今、陛下や宰相がそんな暴挙を許すはずがない」
モナの発言に、ジアス様が驚きます。
しかしジアス様、甘いです。
夫は脳まで下半身に侵食されている男です。
欲しいと思ったら、何をしでかすか分かりません。
「事が起きてからでは遅いですね。宰相に進言して護衛を増やしてもらいましょう」
リックもモナの意見に賛成で、自分以外の護衛を側に置こうと提案します。
そんな私たちを見て、これは冗談ではないと感じたジアス様が黙考します。
「でしたら、いっその事この足で私が滞在させていただいているロレント公爵家に一緒に行きませんか? そこですぐに帰国の準備をいたしましょう」
ジアス様が凄い決断をされました。
え、いきなりこの城を出るのですか?
流石に目を白黒させてしまいます。
確かにこの国を出る事はこの六年、指折り数えて待っていましたが、このように突然その日がやって来るとなると焦ってしまいます。
オロオロする私は、ついジアス様に訊ねてしまいます。
「で、ですが私はまだ離婚書にサインもしておりません。離婚できていない状態で国から出ても良いのでしょうか?」
「ロレント公爵家で書類を作成し、宰相を通して申請します。すでに両国王陛下が認めている案件です。そう時間はかからないでしょう」
「あの状態で殿下が素直にサインするでしょうか?」
「させます。今まで散々蔑ろにしておいて今更惚れたとか何の冗談ですか? 脅してでも必ず署名させますし、最悪署名無しでも大丈夫です。クレイン様はご心配なく」
あら、ちょっと黒いジアス様が顔を見せました。
初めて見たジアス様の表情に、ときめいてしまいます。
はっ、いけない。
私はこんな非常時に何を考えているのでしょうか?
自己反省して、モナとリックを振り返ります。
二人が頷いてくれているのを確認して、私はジアス様に視線を合わせます。
「よろしくお願いします、ジアス様」
それからの行動は早かったです。
まずは夫を窘めてから、相談にやって来た宰相に話をいたします。
宰相はすぐに城を出る事に驚いていましたが「それがいいでしょう」と同意してくれました。
それもそのはずです。
私が逃げた後、夫は私と二人きりにさせろと大暴れしたそうです。
あの勢いでは何をするか、それこそモナが懸念した事態もありうる話だそうです。
私の胸を見ただけでそんな反応をされるとは、ちょっとゾッとしますね。
宰相の指示で私の荷物は侍女総出でまとめられ、とりあえず軽い荷物だけロレント公爵家に運び込む手配が整いました。
ロレント公爵家にはジアス様がすぐに連絡してくださっていたので、あちらも準備完了と返事をいただき、ジアス様と私、モナとリックの四人でロレント公爵家に向かったのです。




