あれれ、空気悪
「カロナ、あれはだなぁ……」
カロリーナ様の無邪気な暴露に、夫が何とか言い訳を考えて説き伏せようとしますが、いい言葉が見つからないようで頭を抱えて蹲ります。
そこに王妃が言葉を掛けました。
「貴方はカールの言葉を鵜呑みにしたのですか?」
「はい。だってカール様は優しくて誠実な方ですもの。私に嘘を吐く必要なんて、ないですよね」
「それでは、カールに複数の女の影があるのを知らないのですか?」
「いいえ、知っていますよ。でもそれは奥さんが子供だから仕方がないのです。お可哀想にカール様は子供の相手をさせられて他に安らぎを求めたのですわ。ですがそれも全て、カール様の御心を埋められるものではなかった。私に出会って初めて恋というものを知ったのです。私たちは運命の相手なのですわ」
そう言って頬を染めるカロリーナ様に、王妃は眉間を揉み始めました。
そして今度は夫に視線を向けました。
「カール、この際カロリーナ様とお前の関係がどうなのかは横に置いておきます。彼女の処罰も後にします。ですが、お前が軽口とはいえカミュウを馬鹿にした発言をした事は許されるものではありません。お前の本音はどうなのですか? あの娘が言っているように、本気でカミュウを見下しているのですか?」
王妃の言葉に陛下も頷いております。
どうやら弟を侮辱した言葉に、両親である陛下も王妃も大層ご立腹されていたようですね。
下を馬鹿にする者は上に立つ資格なし、とこの国の両陛下はお考えのようです。
立派なお考えを持たれていた事に、内心驚いてしまいました。
あの夫の親ですから、子供を甘やかす緩い考えをお持ちなのかと思っていたのですが、そうではなかったようです。
どちらかというと、カミュウ殿下と似た考えをお持ちだったようで、異端なのは夫だけだったと知りました。
いずれはお暇するのだからと、関係を持たなかった事に少しだけ申し訳なく思います。
まあ、見て見ぬフリをしていたのはそちらもですけどね。
そんなお二人の様子に、夫の顔が青くなります。
本気で不味いという事がようやく分かったといったところでしょうか。
「い、いや、そんな本気な訳ないではないですか。俺はカミュウを大切に思っていますよ。たった二人だけの兄弟です。力を合わせてこの国を盛り立てていけたらと常に考えています。カロナに言ったのは、その、つい出来心で。自分を格好よく見せようと調子に乗っただけです。本心などでは決してありません」
陛下と王妃に頭を下げる勢いで弁解します。
お二人は目を細めて信じてはいないようですが、カミュウ殿下に視線を向けました。
「カミュウ、お前は今のカールの言葉をどう思う?」
陛下がカミュウ殿下にそう訊ねると、夫が言葉を被せます。
「カミュウ、お前なら俺の性格を分かってくれるよな。俺が本心であんな酷い事、言う奴なんかじゃないって事」
夫が今度はカミュウ殿下に縋るように必死で弁解しますが、カミュウ殿下は器用に方眉を上げたかと思うと、わざと大きな溜息を吐きました。
「兄上がどんな方かは存じていますよ。ですが、今の言葉が全て嘘だとは思えません。いくら女性の前でいい格好しようとしたとしても、そのような事を言う必要がありましたか?」
「そ、それは、本当に軽率だったと思う。すまなかった。詫びを入れる」
あら、私には絶対に嫌がった謝罪を、カミュウ殿下には言えるのですね。
あらあらと私が呆れ半分、生ぬるい気持ち半分で見つめていますと、カミュウ殿下と目があいました。
カミュウ殿下は私に頷くと「では」と言って夫に向き直ります。
「多くなり過ぎた愛人を整理してください」
「は? そんな事、今は関係ない……」
「なくはないでしょう。兄上が誰にでも王太子妃にしてやると仰るから、勘違いした女性がこのような事態を引き起こしたのです。クレイン様とのお話は聞いておりますから、全て縁を切れとは申しません。ですが今の状況は必要ないのでは? 正直、民の間でも兄上の行いは醜聞になっております。もう少し王族としての威厳をお持ちください」
十二歳の弟王子がキッパリと二十歳の兄王子を諭します。
うん、やっぱり交代ありえますね。
「カミュウはそれで、カールを許すのか?」
陛下がカミュウ殿下に確認します。
頷く弟に王妃は「まあ、今の段階ではね……」と呟かれています。
夫はぐぬぬと奇妙な声を発した後、項垂れて「分かった」と言って愛人を整理する事を約束しました。
夫の言葉にクラウディア様の顔色が変わります。
「カール様、私は……」
「案ずるな。せっかくの王太子妃教育が無駄になるだろう。気心も知れているし、お前は残す」
夫の言葉にクラウディア様は心底ホッとされました。
何度も申し上げて失礼ですが、彼女はもう二十六歳。
今更、夫に捨てられたら貴族令嬢として生きていくのは難しくなるでしょう。
貴族令嬢として、でなければ、いくらでも道はあるのですけどねぇ。
すると、そんなクラウディア様の横からカロリーナ様が首を傾げます。
「あら、でも私がいる以上クラウディア様が王太子妃になる事はないですよ。ねえ、カール様」
カロリーナ様がキュルンと夫を見つめます。
え、この状況を招いた張本人が残れると思っているのですか?
流石の図太い神経に、部屋の中の全員がポカーンとしてしまいます。
夫は眉間に皺を寄せてカロリーナ様を見つめます。
「カロナ、お前がこの状況を招いたんだぞ。少しは反省しないのか?」
「だって私、嘘なんてついていないし悪い事もしていません。私は善意でしただけです。それを反省しろと言われても、何を反省すればいいのか分かりません」
「だから、お前が何でもかんでも喋るから……」
「カール様、怒ってるの? 私の事はもう嫌いになったの?」
ウルルと涙をためて上目遣いで夫を見つめます。
すると夫が「うっ」と言って、顔を赤らめました。
「カール様、私たちは真実の愛で結ばれているのではなかったのですか? カール様には私が必要ではないのですか?」
「ううっ」
「カール様は私の体だけではなく、この顔も性格も気に入ってくださっていたのではないのですか? 私はこんなにもカール様をお慕いしているのに。私にはカール様しかいませんのに」
「うううっ」
お二人以外の方の眼が、遠くを見つめ始めました。
廊下であれほどジアス様に興味を持たれていたというのに、それはなかった事になっています。
恐るべし、カロリーナ様。
流石のクラウディア様でも呆れた顔をしています。
「私はカール様を愛しています!」
「俺もだ、カロナ! お前を絶対どこにも行かせたりしない!」
とうとう夫が折れました。
涙を流してヒシッと抱き合う二人に、白けた空気が流れます。
「……兄上、約束は?」
半眼になるカミュウ殿下の言葉に、カロリーナ様と抱き合っていた夫が言葉を詰まらせます。
「お、お前が提示したのは整理する事だろう⁉ カロナとクラウディアだけ残す。それ以外の愛人とは別れるから、それでいいだろう?」
「一応、確認いたしますがこの国は一夫一妻制ですからね。王族と言えどもそれは変わりません」
「俺が王になるまでには決めるから心配するな」
鼻息荒く答える夫に、全員が無言になります。
夫はこれほどの醜態をさらしても、まだ自分が国王になれると信じているのですね。
周囲の皆様の眼が何を物語っているのか、気付いてすらいない様子です。
まあ、私がわざわざ教えてあげる必要もないので、ここは傍観させていただきますけどね。




