ふむふむ、不満でしたか
家族に虐められていた私を育ててくれたのは、古くからこの家に仕える使用人の皆さんでした。
その中心が家令のオーガ、侍女頭のアボラ、教育係りのマリッサ。
オーガとアボラはお爺様の代から仕えてくれていて、マリッサはお母様の幼馴染です。
彼らは侯爵家では、お父様より権限を持っていました。
遊び歩くお父様を横目に、領地の経営などは最後までお母様がされていましたので、それを引き継いだのがオーガとマリッサなのです。
二人はずっとお母様のお手伝いをしていましたから、引き継ぐのも問題はありませんでした。
この二人がいなくなると、お父様一人では侯爵家を維持する事など不可能です。
そしてアボラは侍女頭の名の通り、侯爵家の侍女は当然ながら使用人全般をまとめ上げておりました。
その伝手から、お父様の人様には言えない秘密も十ほど握っております。
ですから使用人といえども、お父様は最終的にはこの三人に頭が上がりません。
この三人がいたからこそ、私は家族に疎まれようと強く生きてこられたのです。
しかしながら、三人はあくまで使用人。
侯爵を名乗っているお父様に逆らう訳にはいきません。
物置部屋にそっと食事やお菓子を運んだり、異母妹が着なくなった服を縫い直して届けてくれても、虐められている私を公に庇う事はできないのです。
早く私が後継人の要らない大人になり、侯爵を継ぐ事ができたら……。
それまで私はどれほどお父様に殴られようと、義母と異母妹がどれだけ虐めてきても気にしない、強い人間であろうと努力しました。
ただ使用人曰く、私には少し感情の欠如が見られるそうですが、まあ、それは些細な事でしょう。
そして現在、エイワード国のマルシアス侯爵令嬢の私が、どうして十二歳でサビティ国の王太子の妻の座にいるのかというと、これは完全な政略結婚、お父様の陰謀によるものでした。
マルシアス侯爵家の陰の主と呼ばれる三人に育てられた私をあのまま放っておいては、自分を排除して侯爵家を継がれてしまうと恐れたお父様が、エイワード国王に私を差し出したのです。
お父様が私に警戒し始めた頃、我がエイワード国はサビティ国から友好国の証として王族の婚姻を打診されていました。
サビティ国には王太子様がいらっしゃり、その相手にと我が国の二人の王女様のどちらかを望まれたのです。
ですが、お二人にはすでにお相手が決まっていました。
上の王女様には、国内の公爵家の嫡男との話が。
下の王女様には、隣国の第二王子との話が内々で決まっていたのです。
サビティ国はエイワード国より、かなりの小国です。
すでに決まっているお二人の結婚を破断にしてまで嫁がせる理由が、我がエイワード国にはございませんでした。
ですので、今回は縁がなかったということでお断りをと考えていたそうですが、そこで手を上げたのがお父様です。
「我がマルシアス侯爵家には娘が二人います。侯爵家を存続させるにも一人いれば十分です。サビティ国の王太子殿下は十五歳と聞いておりますので、長女を嫁がせるのは如何でしょうか? 侯爵家ならあちらの王族にも納得していただけるのでは?」
私と異母妹とは一か月しか違わないのに、それでも少しでも年が近い方がいいでしょうと、お父様が私をごり押ししたのです。
エイワード国王は、侯爵が良いのならばと話を進める事にしました。
国王、並びに重鎮方は二人の娘の内の一人に侯爵家の血が入っていない事に気付かなかったのです。
しかも差し出された娘が、正当な跡継ぎである事も。
オーガ、アボラ、マリッサがいくら侯爵家で力を持っているとはいえ、所詮は侯爵家内での事。
エイワード国王に逆らう事などできませんでした。
そうして成立してしまったのが、私の今の状況です。
因みに私が嫁いだのは、十歳の頃でした。
十六歳の王太子殿下と初顔合わせした時には、彼はポカ~ンと口を開けておられました。
殿下は私の年齢を聞いていなかったのでしょうか?
「いや、歳は聞いていたが、実年齢より上に見えると聞いていたので、もう少し大人びているのかと……モゴモゴ……」
殿下は私の胸を見た後、ガックリと落ち込んでいました。
十歳の少女に何を期待していたのでしょうか?
サビティ国に半ば追いやられるように来た私は、半年の婚約期間後、すぐに籍を入れられました。
そして私は成人を迎える前に、サビティ国の王太子妃となったのです。
因みにこちらでの結婚式には、我が国の王太子と王太子妃が出席してくださいました。
ああ、お父様と義母もいらしていましたね。
王太子夫妻と違って私の元に挨拶も来なかったし、すぐに帰られたみたいなので失念していました。
この時の王太子夫妻は、王女の代わりに嫁がされた幼い私にいたく同情してくださいまして「何かあればすぐに申せ。妹の代理をしてくれたお前はもう、私にとっては妹と同じだ」という温かいお言葉をくださいました。
その上、王太子妃はギュッと私を抱きしめてくださいました。
お母様が亡くなってから抱きしめてくださったのは王太子妃だけだったので、少し感動してしまいました。
オーガたちはお父様に隠れて育ててはくれましたが、それでも使用人の立場を崩しはしませんでしたから、仕方がないと言えば仕方がないのですが、やはり心のどこかで寂しかったのかもしれませんね。
ですので当然、夫との間には色事など一つもありません。
あれば犯罪です。
一応、サビティ国でもエイワード国でも十六歳が成人となります。
私が成人を迎えた時、改めて初夜を迎えるとの約束で私たちは白い結婚をしたのです。
「俺はもう、十八歳なんだぞ。結婚もしている大人だというのに、相手が小娘だからと我慢しなければいけないこの状況が変なんだ」
夫である王太子殿下はそう叫ぶと、私をギロッと睨みつけます。
「男盛りの俺がこんなツルペタを嫁にして、我慢しているなんてどう考えてもおかしいだろう。俺は王族なんだぞ。一日でも早く跡継ぎを作るのは、王太子である俺の役目だ」
あたかも正論のような事を言っておりますが、要は欲望に負けたという事ですね。
因みにツルペタと仰いますが、十二歳でボイ~ンは気持ちが悪いと思います。
いえ、早熟で中にはそういう方もいらっしゃるかもしれませんが、私の容姿はどちらかというと小柄で細身なのでお胸だけがボイ~ンなのは、とてもアンバランスです。
夫は何かというと胸を見ますが、何ですかね? 彼は巨乳が好きなのですかね?
思いの丈を盛大に吐いてゼイゼイと息を荒げる夫に、私以外の全員がポカ~ンとした表情になっております。
あ、夫の側近ソックス様がいち早く頭を抱えました。
側近という立場からして、夫の言動には慣れているのでしょう。
それでも昨日の件は、彼からしても想像を絶する事だったのかもしれませんね。
「……コホン。殿下、それはあまりの言いようではありませんか? クレイン様に失礼です。跡継ぎを作るだけが王族の務めではありませんよ」
側近が窘めるようにそう言うと、夫は自分の側近を睨みつけました。
「お前はいいよな。年相応の色っぽい婚約者がいて。俺の相手はこんなガキだ。こいつが役に立つまで俺はずっと我慢しないといけないのか? いくら国のためだからといって、こんなガキを送ってくるなんて、エイワード国はサビティ国を馬鹿にしているとしか思えない。俺はこんな結婚、一度だって認めた覚えはない」
「なっ、殿下、何を言っているんですか?」
――本当、何を言っているんでしょうね、この色ボケは。
ガキはどちらかと言いたい。
内々とはいえ、エイワード国の年頃の王女二人に相手がいる事など想像できたでしょうに。
それならばお父様ではないけれど、公爵、侯爵の娘を打診される事など想定内のはずですよ。
それに私を打診されて、受け入れたのはそちらではないですか。
今更、私が子供で子作りができないからといって不貞に走られて、見つかったからと癇癪を起こされても知りませんよ。
皆が呆れる中、夫とその側近はギャーギャーと言い合いを始めてしまいました。
――煩い。




