おっと、三すくみのはずが意外と自由?
好き放題言ってオホホホホと高笑いしながら廊下の角から曲がって来た集団は、私と怒りの形相で睨みつけているクラウディア様に気が付いて、ギョッとしました。
あらあら、あの四人の真ん中にいるのが今の夫のお気に入りでしょうか?
他の三人は不味いというように俯いて、ヒソヒソと小声でやり取りをしております。
ですが愛人らしき女性は、私とクラウディア様を見てニヤリと口角を上げました。
腰まである金髪をサラリとて手で払い、青い瞳で挑むように見つめてきます。
肉感的なクラウディア様とは対照的で、清楚系の女性ではありますが、やはりお胸は立派です。
まあ、それでもクラウディア様には負けてしまいますが。
そうして一歩前に出ると、私たちの方に近寄ってきました。
「初めまして。クレイン様とクラウディア様かしら? 私はカロリーナ。ナロス男爵の娘です」
……この国の女性は、マナー教育ができていないのでしょうか?
どうして全員、下位の者が平気で上位の者に話しかけるのでしょう?
しかも言葉遣いは滅茶苦茶です。
初めましてと彼女自身も言っているように私たちは初対面ですのに、いきなり名前呼びで馴れ馴れしく話しかけられてしまいました。
陰口で呼ばれているのには致し方ありませんが、面と向かって呼ばれるとは思いもよりませんでしたよ。
流石のクラウディア様でもそのような事はなかったと思ったのですが……よくよく考えてみると、彼女との初対面は挨拶どころか一言も話しませんでしたわね。
アッハンウッフンでお忙しかったから。
そんな事を考えていますと、クラウディア様がズイッと前に出ました。
「とても浮かれているようですが、カール様は新しい女性にはいつも甘い言葉を掛けますのよ。いずれ熱も冷めますわ。せいぜいその宝石を大事にされる事ですわね」
おお、挨拶をすっ飛ばして牽制に入られました。
ですが、攻撃されたカロリーナ様はニヤリと笑みを作ります。
「あら、気付いちゃいました⁉ そうよね、カール様の瞳と全く同じ色だから分かりますよね。わざわざ彼が選んでくれたのよ」
「選んだだけで、お支払いはナロス男爵ですか?」
ふふんと首元に光るネックレスを見せつけるカロリーナ様に、私はズバリと申します。
「え?」
目を見開くカロリーナ様以外の全員、彼女と一緒に居た令嬢たちまでもがポカンと口を開きます。
あら、皆様知らなかったのかしら?
私は知らないのなら教えてあげましょうと、懇切丁寧に説明する事にしました。
「殿下のお小遣いはそれほど多くなないのですよ。基本的には殿下に与えられている領地の税で賄っておりますが、殿下は忙しいと仰られてそちらは文官に任せきりです。ですので当然の事ながら、その方たちのお給金はそこから賄われます。それに殿下は派手好きでいらっしゃいますから、ご自分の衣装代でほとんどが消えていると思われます。側室制度のないこの国では、愛人に割り当てられる費用はございませんので、もしもプレゼントされるのなら殿下個人の支出となりますが、先程も申し上げました通り、殿下はご自分を着飾るのが大層お好きなので、その他に費用を割く事などないと考えられます」
そこまで説明すると、全員の視線がカロリーナ様に集中します。
あらあら、私を睨みつけておりますね。こわ~い。
でもカロリーナ様だってちゃんと分かっていた事でしょう⁉
一言も殿下に買っていただいた、とは言っていませんものね。
眉間に皺を寄せていたカロリーナ様が、ふっと口角を上げました。
「フフ、本当にクレイン様は頭でっかちの子供なのね。カール様の言っていた通りだわ。でも、どうして貴方がカール様のお小遣いを知っているのかしら? 他国の貴方の知らない費用だってあるのよ。公務だって真面目に行っていますもの。それに何よりカール様は私を特別だと言っていて、ちゃんとプレゼントだってくれるわ」
豊かな胸を反らすカロリーナ様に、私はコテンと首を傾げます。
「えっと、お忘れかもしれませんが私は王太子妃ですので、夫の懐事情ぐらい知っていて当然かと。それにご公務のお金も算出して申させていただきました。殿下のあの派手なお衣装が、次から次へと作られている事を考えますと自ずと答えは出てくるかと。確かに衣装を我慢してたまにプレゼントを贈られる事もありますが、殿下は愛人の方々のプレゼントは一律いくらまでと決めておられます。そのネックレスは費用からかけ離れていますので、殿下からのプレゼントだとは考えにくいのですわ」
キッパリと答えますと、カロリーナ様は目を丸くされました。
クラウディア様が横で「そういえば一定の金額以上のプレゼントは、もらった事がない」と愕然としておられます。
それを聞いた彼女と一緒に居た令嬢方は「え、王子のクセにケチなの⁉」「ないわぁ」とヒソヒソ話をされて、カロリーナ様を生暖かい目で見つめました。
その視線に気付いたカロリーナ様が羞恥で顔を赤くさせます。
ですがすぐに、笑顔を作り反論してきました。
「それがどうしたと言うの? 確かにこのネックレスはお父様に買ってもらった物だけど、カール様がわざわざ足を運んで一緒に宝石店で選んだ物なのよ。自分の瞳の色にそっくりだから、これを身に着けてほしいと言ったのは本当だもの」
あらあら、開き直られましたね。
どうやらお金の出所が大事なのではなく、夫が身に着けてほしいと言った言葉の方が大事だと言いたいそうです。
まあ、国庫を無断使用したのでないのなら私としてはどうでもいいのですが、クラウディア様は眉間に皺を寄せていますので、少しは悔しかったとみられます。
ですが、彼女と一緒に居た令嬢方の眼は白けたものになっています。
それはそうですよね。
ケチな男の愛人なんて、羨ましくも何ともないですよね。
ただ女性の中にはクラウディア様やカロリーナ様のように、気にしない女性もいます。
夫は上手にそのような女性を選んでいるのかもしれませんね。
女性にだらしない阿呆だと思っていたのですが、意外と狡猾だったようです。
「そういえば、先日カール様にクレイン様の国の方を紹介されたの。あのオッドアイの方はどなた?」
ネックレスの事はもういいと、話題を変えるためにカロリーナ様がジアス様の話を始めました。
何故、貴方がジアス様の話題を口にするのですか?
私はムッとしてしまいます。
それに紹介されたのではなく夫がジアス様に見せつけた、が正解ですわね。
俺はモテるだろうと自慢のネタにされたのを、わざわざ夫が他国の要人に紹介してくれたと勘違いしているようです。
次期、王太子妃は自分だと確信しているのかしら?
失礼ながら、カロリーナ様は男爵令嬢。この国の王太子妃となる条件には、伯爵以上の爵位が必要です。
クラウディア様でギリギリといったところなので、男爵令嬢であるカロリーナ様では無理があると思います。
まあ、お二人が王太子妃争いをするのは私が居なくなった後なので好きにすればいいですけれど。
私には関係ないわと考えていると、カロリーナ様の瞳がいきなりキラキラと輝きだしました。
「ちょっと、いい男だったわね。あのオッドアイも最初は気持ち悪いと思ったけれど、よく見れば神秘的で、綺麗だったわ。貴方の知り合いだと聞いたけれど、彼の爵位は? 立ち居振る舞いから高位貴族よね。また来るのかしら? 次来た時は貴方から紹介してよ。私たち、お友達でしょう」
はああぁぁぁ~?!?
先程、初めて会った男爵令嬢が血迷った事を言ってきました。
よりにもよってジアス様を紹介しろですって⁉
しかも誰と誰がお友達なのですか?
ありえません、ありえません、ありえません!
私が内心で怒り狂うと、モナとリックが後ろでビクッと体を跳ねさせました。
ですが他の方は私の無表情が役に立っているのか、それに気付く気配はございません。
「……いつから私たちはお友達になったのでしょうか?」
あ、思った以上に低い声が出ました。
しかしカロリーナ様は気にした様子もなく、えーっと可愛く頬を膨らませました。
「別にいいじゃない。彼が来た時にちょっと私を呼んでくれたらいいだけだから」
「ちょっとカロリーナ様、貴方何を言っているの? あの方は私が先に目を付けて……コホン。あの方に会うのならカール様と別れてからにしなさいよ」
クラウディア様がカロリーナ様の肩を掴みます。
やはりクラウディア様は、ジアス様を気にしていたようですね。
ですが夫がいる以上、そこは踏み込まなかったようです。
まあ、当然なんですけどね。




