くうぅ、甘かった
「ジアス様がおモテになるのも分かる気がするわ」
ジアス様が帰られた後、自室に戻った私は思わず独り言を漏らしてしまいました。
しかしそれを耳ざとく拾い上げたモナが、私に詰め寄ってきます。
「クレイン様でも、そう思われますか?」
でも、って何でしょうか?
少しだけムッとしながらも、私はモナに返答します。
「だって、ジアス様はとてもお優しいもの。それにあの色気。とても十六歳とは思えないものをお持ちだわ」
「まあ、ちゃんとジアス様の色気に気付かれていたのですね」
「そりゃあ、あれほど漂わされたら私でも気付くわよ」
「そうですか、そうですか。ちゃんと分かっていらしたのであれば、良かったです。あれほど露骨にされているのに、一切気付かれないクレイン様のお気持ちを、どうすればよいのか悩んでいたのですが、余計なお世話でしたね」
高速でうんうんと頷いているモナに、私は首を傾げます。
するとそんな私を見ていたリックが、モナに近寄りました。
「早とちりだ、モナ。クレイン様はまだ大切な事には気付かれていない」
注意するリックに興奮したモナは、鼻息荒く答えます。
「何を言っているの、リック。ちゃんと気付いたと仰っているじゃない」
「だから、それは色気だけだ。その色気をどうして漂わせているのか、その大事なところがまるで分かっていない」
そう言われてモナは、驚愕に固まります。
「え、嘘⁉ だってあの無表情がデフォのクレイン様が、あんな顔をされるのよ」
「うん、だけどそれに本人が気付いていない」
「嘘でしょう~~~⁉」
ガクッと膝から頽れるモナに、困惑します。
私の何がそんなにモナを気落ちさせたのでしょうか?
よく分かりませんね。
ジアス様が帰国されて三日後、私は執務室に向かっていました。
本日は夫が公務で外に出ておりますので、安心して廊下を歩く事ができます。
良い天気だと窓の外を眺めながら廊下を歩いていますと、前から女性が侍女を一人連れて歩いてきました。
遠目でもハッキリ分かるあの肉感。
体のラインに沿った真っ赤なドレスは胸元が大きく開かれ、今にも零れ落ちそうです。
ポロリなんてしたらどうしましょうかとハラハラして思わず見つめていますと、当の本人のクラウディア様が私に気付かれました。
そして何故か驚いたように目を丸くされております。
? と首を傾げますと、眉間に皺を作りながらも口角を上げて近付いてきます。
夫がいない事に安心して、彼女がいた事をすっかり失念していました。
「あ~ら、クレイン様。何故このような所に? カール様は公務で外に出ていますが、一緒ではなかったのですか?」
丸二年、全く会っていない夫と同行していない事など分かっているクセに、挨拶もしないでそんな事を言ってきます。
離婚間近とはいえ、今はまだ王太子妃である私に対して先に声をかけてくるなんて、どういう神経をされているのでしょう?
私に付いているモナとリックが眉を顰めます。
クラウディア様に付いている侍女がそんな彼女の行動にギョッとして、慌てて諫めました。
「クラウディア様、王太子妃様に失礼です。声をかけていただくまで控えているのが礼儀ですわ」
「あら、そんな必要はないってカール様が言っていたわよ」
「カール殿下は王太子様ですし、何より王太子妃様の夫ですから、そのような必要はございません。ですが、クラウディア様はまだ伯爵令嬢ですから」
身分をお考えくださいと侍女は必死で窘めています。
なんか、頭の悪い会話ですね。
貴族ならば幼い子でも分かるような身分の話を、一から説明しなくてはいけない侍女も大変です。
私はうんと年上のクラウディア様を見つめました。
「構いませんわ。年配者は敬わなくてはいけませんからね」
私は努めて冷静に、諫めていたクラウディア様の侍女に話しかけました。
もちろん、嫌味などではありませんよ。
クラウディア様が私より十二歳も年上なのは事実ですから。
ですが、彼女は私の言葉を素直にお取りにはならなかったようで、カッと顔を赤くされました。
クラウディア様の侍女は唖然と私を見つめ、モナとリックは肩を震わせております。
「ま、まあ、クレイン様から見たら私は大人の女に見えるかもしれませんわね。子供には到底真似できない大人の色気を纏っていますから」
ホホホと扇で口元を隠して笑うクラウディア様に、私も扇で口元を隠します。
「御機嫌よう、クラウディア様。大人の所作が挨拶を省略するものであっても、私は挨拶は大事だと思うのです」
そう言うと、またしてもクラウディア様の顔が赤く染まります。
「……御機嫌よう。クレイン様は少し見ない間にお口が達者になられましたね。カール様に相手にされないからといって、お部屋から出ずに引きこもってばかりなのに。もしかしたら、会話の練習でもなさっていたのかしら?」
フルフルと震えながら私を睨みつけて、嫌味返しをしてきます。
「あら、そうできましたらどんなに楽でしょう。残念ながら私は毎日山のような王太子妃としての執務をこなさなければいけないので、そんな暇はございませんわ。早くクラウディア様が手伝ってくださるといいのですけど」
先は長そうですねと言い返すと、彼女の眼が大きく開かれます。
ああ、今の嫌味も通じましたか。
クラウディア様の王太子妃教育が進んでいない事を引っかけてみましたが、分かってくださって何よりです。
「こ、小娘のクセに~~~~~」
クラウディア様が持っていた扇を両手でメキメキと折り曲げていきます。
あらあら、扇が可哀想。
「カール様に言ってやるわ。小娘が生意気に私を侮辱したとね」
「あら、では私は宰相か陛下にお伝えしなければ。エイワード国の国王にお伝えしてもよろしいかしらと」
「!」
クラウディア様が夫にチクると言うので、私もチクると言うと彼女の顔は真っ青になりました。
後ろでクラウディア様の言動にハラハラしていた侍女も真っ青になっています。
チクる相手が雲泥の差だという事に、もっと早く気付いてくださいね。
しかしクラウディア様はこれで本当に二十六歳なのでしょうか?
ちょっとお胸に養分を取られ過ぎではないでしょうか?
夫の笠を着るには夫の笠は小さ過ぎますし、喧嘩を吹っ掛ける相手の力を素直に夫の言う事だけを信じて侮るなど、愚の骨頂です。
私はクラウディア様からしたら小娘ですが、母国の有力者の笠を着る事もできる小娘なのですよ。
戦う術を身に着けているのです。
伊達に実家で虐められていた訳ではないのですよ。
クラウディア様は私を睨みつけていますが、侍女にそれ以上は口を開くなと腕を引かれております。
意外と強い侍女ですね。
宰相の手の者かもしれません。お目付け役といったところでしょうか。
そんな事をしていると、廊下の向こうから複数の女性の笑い声が聞こえてきました。
かなり大きな声で話されているようで、耳を澄まさなくてもこちらにまで聞こえてきます。
「素敵ですわ、カロリーナ様。それはカール殿下からのプレゼントですか?」
「私には、殿下の色の物をいつも身に着けていてほしいと言われたのよ。見かけによらず独占欲が強くて、恥ずかしいわ」
「それは殿下がカロリーナ様を一番に愛してらっしゃるからですわ。クレイン様はもちろんの事、クラウディア様も他の愛人の方だって、誰もそのように立派な宝石を身に着けた方はいらっしゃいませんもの」
「フフフ、それは仕方がないわ。カール様は今まで誰にも、そのような感情を抱かなかったそうなの。私に会って初めて自分色で包みたいと思ったそうよ」
「まあ、本当に殿下はカロリーナ様を想っていらっしゃるのね。これはもう、エイワードの小娘が王太子妃の座にしがみ付いていられるのも時間の問題ですね」
「クラウディア様もご自分がいずれ王太子妃になれると信じて、何やら教育を受けているようですが、一向に進まないそうではありませんか。所詮あの方も、もう二十代後半でしょう⁉ 能力もなく自慢の体も崩れてきているのでは、いつまで愛人の座にいられるかも分かりませんわね」
「あら、カロリーナ様が選ばれれば他の愛人など皆、実家に帰されますわよ。この国は基本一夫一妻制で王族でも側室制度はございませんもの。殿下が今、愛人を持たれているのは王太子妃が子供の所為ですからね」




