ふぅ、あっという間に二年です
私、クレイン・アフレア・サビティは十四歳になりました。
本日はジアス様がお越しになる予定です。
ヘイネス公爵親子が初めて会いに来てくださってから、二年の月日が経ちました。
あれからも、彼らは幾度も私を訊ねて来てくれます。
約束通りジアス様が来てくださる事が多いのですが、ヘイネス公爵も頻繁に訪れてくれます。
今では本当の娘のように可愛がってくださり、私も初めて大人の男の人に甘えるという行為を覚えました。
ただ最近では私が公爵にくっついて甘えていると、ジアス様が目を細めているので、私にお父様を取られたと嫉妬しているのかもと、申し訳ない気持ちになります。
甘えるのは、ほどほどにしておきましょうと反省するのですが、公爵に会うとすぐに忘れてしまうので、ちょっとだけ自己嫌悪です。
もともとジアス様は十四歳にも関わらず、とても大人びた方だったのですが、十六歳になった今ではもっと素敵な青年になられました。
私の元に訪れる際、ボーっと見惚れている侍女を何人も目にします。
モナ曰く、ジアス様を気にしている令嬢もかなりいるとの事。
ジアス様目的で、私に近付いてこようとする令嬢もチラホラ。
夫に相手にされないお飾りの私を、影で笑って距離を取っていた令嬢たちが手のひら返しで寄ってくる姿は、不愉快の何物でもありません。
そんな事を思い返していると、ノックと共にサロンの扉が開きます。
「クレイン様、お久しぶりです。お変わりはございませんか?」
入って来たジアス様がニコリと微笑むと、部屋にいた侍女が小さな悲鳴を上げました。
私はモナに目配せして侍女たちを下がらせます。
不服そうな目を向けた侍女が二人。
はい、彼女たちは移動です。
ジアス様に座っていただき、お茶をお出ししてから私は居住まいを正しました。
「申し訳ございません。未だに侍女の躾も、ままなりません」
頭を下げる私に、ジアス様は慈愛に満ちた笑みを向けます。
「クレイン様の所為ではありません。この国は元から母国よりは大らかな気質なのですから」
「そのようですね。殿下がまた愛人を増やしました」
私はいつもの現況報告をいたしましたが、それもここ最近では毎回、同じ事を申しております。
そうです、夫はクラウディア様だけでは物足りないようで、次から次へと相手を変えているのです。
クラウディア様のように頑張ってそのまま残って関係を続けている方もいますが、ほとんどが火遊びで醜聞だけを残して去っています。
今回は残ったようなので、愛人が増えたという事ですね。
「我が国に隠す気は全くないようですね。私の前でも新しい女性と仲睦まじくされていましたよ」
ジアス様は私の元に来てくださる前に、陛下に挨拶に向かわれます。
その際たまに夫が待ち伏せしており、新しい女性を見せつけるようにジアス様に声をかけてくるそうです。
ジアス様はいつもの微笑みで躱しているそうですが、いつも何か一言、言いたそうにしているのは何だろうと首をひねります。
多分ですが、初めて出会った時に年齢を間違えてドヤ顔をしたのを今でも恥ずかしく思っているのでしょう。
その上、ジアス様に憧れる令嬢が年々増えている事に嫉妬しているのかもしれません。
そこで新しい女性を見せつける事で、自分の方がモテると優越感を感じたいのにジアス様は一向に相手にされませんから、ムキになっているのでしょう。
私はチラリとジアス様の横顔を見つめます。
本当に綺麗なお顔をされていて、青と黄色のオッドアイがキラキラと輝いています。
見惚れる侍女の気持ちも分からなくはありません。
ただ仕事を忘れるほど見惚れるのはいただけませんが。
「あれから王太子が、こちらに押し掛けるような事はございませんか?」
ジアス様がいつもの心配を口にされます。
私は微笑んで首を横に振りました。
宰相との約束通り、夫とはあの日から一度もお会いしておりません。
基本、外での公務は夫一人が行います。
たまに相手がいる時はクラウディア様を伴っております。
私は国の重要事項以外の執務をするというのが、日常になりました。
「まあ、国王夫妻がご健在で第二王子も優秀ならば、クレイン様に負担がかかる事はそうそうないでしょう」
第二王子は夫とは年が離れており、私の二歳下の十二歳です。
夫とは違ってとても愛らしく、素直な方です。
正直、夫の女好きには国王夫妻も重鎮たちも頭を悩ませております。
このまま夫が改心せずに何か大きな問題を引き起こしたら、もしかしたら……という事も皆が念頭に入れ始めているのが現実です。
まあ、二年後に離婚してこの国を去る私には関係はありませんが。
私が所詮は他人事ですわと、のほほんとお茶を飲んでいますと、ジアス様がジッと私を見つめてきます。
その視線に私が首を傾げますと、ジアス様はコホンと咳払いをされました。
「……少しだけ心配事があります」
「何でしょうか?」
「第一王子を廃嫡して第二王子を王太子に変えた場合、第二王子の妃にクレイン様を望まれる事はないでしょうか?」
「え?」
ジアス様が不思議な事を申されました。
確かに第二王子には、まだ婚約者はいません。
私を友好国の証として王太子妃にと望んだ以上、王太子が変わっても妃はそのままで、というのは、なくもない話です。
ですが……。
「私は二年後に離婚を約束していただいております。公爵様とジアス様にもご協力いただいて、陛下に恩も売っています。反故になどはできないでしょう⁉」
「そうですが、あくまでそれは第一王子との間での出来事ですよね。彼が浮気して、無礼な態度で私たちを怒らせた。それこそ彼の言動で長年クレイン様に心労をかけた詫びとして第一王子を廃嫡しました、などと言い全て白紙にされ改めて第二王子との関係を、と言ってくるかもしれません」
私はジアス様の言葉を聞いて、頭が真っ白になりました。
ここまで来て、それはないでしょう⁉
しかし、ジアス様の仰る事には一理あります。
最近の夫の行動を聞いていますと、陛下や重鎮たちが夫を見限った感じがするのです。
要するに、公務以外は好きにさせているみたいなのです。
そうでなければ王太子としての立場であるにも関わらず、これほどまでに女性との浮名を流すのはおかしいのです。
陛下が夫を諫め、重鎮たちが悪評を揉み消すのが普通の流れですから。
私の後釜として名乗りを上げているクラウディア様の王太子妃教育にしたって、全く進んでいないのが現状です。
失礼ながら彼女はもう二十六歳になります。
高位貴族の淑女教育も習得していない現状では、王太子妃となるには流石に苦しいのではないでしょうか?
その上、十六歳で成人を迎え十代後半もしくは二十代前半で嫁ぎ子を儲けるこの国の考えでは、後任とはいえ夫との結婚は彼女の年では些かギリギリではあります。
まあ、私との離婚を待ってくださっているのでしょうから私がどうこう言う立場でもないのですけれど。
そう考えると、ジアス様のお言葉はあまりにも正論であるように感じます。
私がフラフラと頭を揺らしていると、動揺する姿に心配したジアス様が安心させるように言葉を被せてくれます。
「もちろん、我が国の陛下にも話は通していますし、私たちの怒りを穏便に済ませた経緯もあります。簡単には第二王子に鞍替えなんてできませんでしょうが、ただその危険性があるという事だけは注意してください」
「私はどうすれば……」
思わず縋るようにジアス様を見上げます。
ジアス様が僅かにゴクッと喉を鳴らす音が聞こえました。
「第二王子と会う事はありますか?」
「ごく、たまにです。私もウロウロしてカール殿下と会う危険性を増やしたくないので、基本は自室か執務室にしか参りませんので」
「第二王子と会うのも避けてくださった方がいいでしょう。万が一、見初められたらややこしい事になります」
「私など、見初める事などありませんわ」
「いや、逆に見初めないはずがありません。いや、もうすでに見初めているかも……」
「え?」
ジアス様がおかしな事を仰います。
クラウディア様のようなボンキュッボンならともかく、子供の私など殿方が気になるとは思えません。
まあ、十二歳の頃よりは少しだけ胸も膨らんできたとは思いますが、殿方が気に入るにはまだまだです。
それに第二王子はまだ十二歳。
夫ではあるまいし、女性を気にするには早いと思います。
そう思って見初めるはずなどないと答えたのですが、思いのほかジアス様は真剣な表情で反論されました。
「クレイン様はご自分の魅力に気付いていないようなので、申し上げます。貴方はとてもお綺麗です。可愛いですし、優秀ですし、魅力的です。どうかお気を付けください。貴方を狙う男は星の数ほどいるのですから」
……どうしましょう。ジアス様が兄馬鹿になってしまわれました。




