よし、平穏な四年をゲットです
「ですが、どうして殿下はヘイネス公爵に挨拶に来られたのでしょうか? しかもクラウディア様まで伴って」
夫の非を認めた宰相に、私は改めて夫の謎行動を口にしました。
確かにヘイネス公爵は母国の有力な公爵ですが、夫がそれを知っているとは正直、思えません。
あの夫が私のサロンにまで、わざわざ足を運んで挨拶に来た意味が分からないのです。
私が首を傾げていますと宰相は顎に手を置いて暫し考え、こう口にしました。
「クレイン様を排除するために、すでに後釜はいるのだと示したかったのかもしれませんね。そうすれば母国の者が今すぐに邪魔なクレイン様を連れて帰るかもしれないと、浅はかな考えを持ったのでしょう」
「まあ、私を蔑ろにして母国を怒らせたら、戦争が起きるかもしれないという発想は出なかったのでしょうか? 私は王女様の代わりに嫁いできたのですよ」
「……出なかったのでしょうね。カール様は甘やかされて育っていますので、自分が他人に嫌われるという概念が欠落しているのです。自分の行動に誰かが怒るなど、まして戦争になるなどとは夢にも思っていないのでしょう」
「それが他国の者にも通じると?」
「はい、おそらくは。申し訳ございません」
「私に謝ってくださっても仕方がありませんわ。ヘイネス公爵がどうお考えかは分かりませんもの」
どうやら夫には、やっていい事と悪い事の区別がつかないようです。
自分がどれほど横暴な態度をとっても、全て受け入れられると勘違いしてしまってるみたいですね。
しかし宰相、そこまで分かっているのならどうして矯正しなかったのでしょう?
貴方も甘やかしたうちの一人ですね。
この国の先行きが不安になった私が半眼で、どうなるか分からないと正直に答えますと、宰相の顔は青を通り越して白色になりました。
倒れないか、ちょっとだけ心配になりますね。
ちょっとだけですよ。だって、ここで倒れられては色々と騒がしくなって、私が面倒くさいですから。
宰相はそろそろと面を上げて、私を見つめます。
「すぐに面会を申し出て、謝罪に行かさせていただきます」
「陛下にもお伝えした方がよろしいのでは? ヘイネス公爵はエイワード国でもかなりお力のある貴族で、エイワード国王ともお親しいですよ。そのような方にこの国の王太子殿下が粗相を働いたのです。宰相の謝罪だけで済むでしょうか?」
母国でのヘイネス公爵のお力を示しますと、宰相は震え始めました。
プルプルと震えながら、私に助言を求めてきます。
おじさんが震えても可愛くはありません。
「もちろん陛下にもお伝えいたします。ですが、まずは私が先にと考えたのですが、少し時間がかかっても正式な場を設けた方がよろしいでしょうか?」
「それは当然、必要でしょう。私を蔑ろにしただけではなく、公爵のご子息にまで失礼な発言をしたのですから。ヘイネス公爵が短気なお方なら、即戦争に発展してもおかしくはないのですよ。温厚な方だからこそ、この国に留まってくださっているのです」
私の説明に、宰相は震えている場合ではないと、背筋を伸ばします。
「そ、そうですね。分かりました。先に私が謝罪させていただき、その足で陛下にお伝えし、明日にでも場を設けます。申し訳ございませんが、クレイン様もご同席願いますでしょうか?」
「私もお客人の前で恥をかかされたのですが、どのような立場で同席いたしましたらよいのでしょうか? ヘイネス公爵と同様に謝罪される側ですか? それとも王太子妃として謝罪する側ですか?」
コテンと首を傾げてそのように訊ねますと、宰相はビキッと固まります。
ですが、すぐにオズオズと私を見上げながら答えます。
「あ、その……、できましたら、王太子妃として……」
なかなか大した度胸ですね。
私は被害者だと言っているのですが、あくまでもこの国の立場で物を考えてほしいと訴えているのですから。
四年後には離婚すると誓約を交わしているというのに。
私は扇で口元を隠すと、小さく溜息を吐いて見せます。
宰相は居心地が悪そうに身を縮めますが、それでも発言の撤回は致しません。
「分かりました。間に入って差し上げます」
「ありがとうございます、クレイン様」
「ただし!」
私の承諾を得てパッと顔を輝かせた宰相に、私は補足いたします。
「それとは別に場を設け、殿下がちゃんと私に謝罪をしてください」
「え?」
「四年後の離婚が確定しているからといって、四年間ずっと同じように私を貶めるような行動をとられては困ります。私にも母国に戻ってからの立場というものがあるのですから」
そう言うと、宰相は頭を抱えました。
「それは、クレイン様が仰る通りなのですが、カール様が素直に謝罪なさるかどうか……」
先日、浮気現場を見られても謝罪するのを躊躇っていた矜持の高い夫が、そう簡単に頭を下げるとは宰相も思わないのでしょう。
口ごもる宰相に、私はほくそ笑みます。
「仕方ありませんね。では、代わりに殿下と私の距離を取ってください。私はまだ未成年ですので、王太子妃の仕事といっても公の場に出る事は少ないでしょう。執務なら手伝いますが、できましたら殿下とご一緒の仕事は控えてくださるようお願いします」
そのような代案を上げた私に、宰相は驚きに目を丸くします。
「そ、それでは不仲説が出たり、これ幸いとカール様がクラウディア嬢に代わりをさせたりしますよ。いいのですか?」
「構いません。その方が四年後の離婚に説得力がでます。殿下と会わないようにしてくださるなら、今回の件、ヘイネス公爵に私の方から穏便に済ませていただくようお願いいたします。もちろん、正式な謝罪も陛下や殿下からの謝罪も無しにします」
「本当ですか⁉」
今回の殿下のやっちまった案件を、まるっとなかった事にしてあげると提案しますと、宰相はパアッと顔を輝かせました。
「ええ、その代わり、決して殿下と私が会う事がないようにお約束してください。今回のように私の周囲に来る事も禁止いたします」
「わ、分かりました。お約束いたします」
宰相のホッとしたような、本当にこれで良かったのかと危惧するような、複雑な表情を見ながら、私はモナと小さく拳を握ります。
これからの四年、煩わしい人間関係の回避に成功しました!
頭の中で花吹雪を散らせます。
実は、宰相が来る前にヘイネス公爵親子に助言をいただいていたのです。
「王太子殿下は、いつもクレイン様に対してこのように失礼な態度をとられているのですか?」
バタバタと慌ただしく去って行った殿下たちに、私たちが大いに笑い転げた後、ヘイネス公爵が少し真面目な顔で私に訊ねてきました。
「基本的には私を子供だと言って相手にはされません。本日のように私の側にやって来ること自体、初めてです」
失礼な態度をとられるほど普段は接近しておりませんと答えると、ジアス様が不思議な顔をされました。
「それでは何故、本日はこのような強硬手段をとられ傍若無人に振舞われたのでしょうか?」
「クラウディア様の存在が明らかになった上に、四年後とはいえ私との離婚も決まり、もう気遣う必要がなくなったとでも思ったのかもしれませんね」
「ですが、それとこれとは話が違います。他国の、しかも友好国の侯爵令嬢を蔑ろにしていいという理由にはなりません」
「その通りですな。しかも今はまだクレイン様は王太子妃です。浮気をしただけでも大いに問題になるというのに、あの仕打ちは……。我が国を馬鹿にするにもほどがあります」
憤慨するヘイネス公爵親子は、スッと顔を寄せてボソボソと密談し始めました。
「あの王太子は想像以上にクズだった。ここで少しばかりの制裁を加えても、懲りずにあのような態度を続けるだろう」
「我々がこの国を去った後の、クレイン様の身が心配ですね」
「あまり会わせたくはないな」
小声で何を話しているかよく分かりませんでしたが、どうやら私を心配してくれている事だけは伝わってきました。
私が嬉しく思っていると話が終わった二人は、クルリとこちらを振り返り、それはそれは眩い笑顔を向けてくれました。
「クレイン様、離婚までの残り四年間、王太子と会わないようにいたしましょう」




