ハアー、本当に自分本位なのですね
人非人な夫の発言に私の彼への評価は、ますます低下いたします。
確かに私のお母様が亡くなったのは七年以上も前の事で、昔と言われれば昔かもしれませんが、その繋がりが消えてなくなるほど昔ではありません。
私の心にも、まだ悲しみは残っているのです。
ヘイネス公爵もそのようにお考えくださっているので、こうして私を気にかけてくださっているのですが、夫にはそういう人の情というものは理解できないのでしょうね。
夫に怒りを通り越して呆れていますと、クラウディア様がジアス様をガン見しているのに気が付きました。
その瞳には、ほんのりと熱が込められているようい見受けられます。
ジアス様がその熱視線に気付いたところで、流石に彼女の存在を無視できないと思われたのか夫に話しかけました。
「カール殿下、そちらにおられるご婦人は?」
「ん? これか。これは未来の王太子妃だ」
「え?」
「まあ、正確には王太子妃候補だがな」
「まあ、カール様ったら候補だなんていけずです事」
イチャイチャする夫とその愛人にイラッとします。
私たちは何を見せられているのでしょうか?
しかし夫は浮気を隠す気もなく、平然とクラウディア様を王太子妃候補と紹介しました。
全くもって驚きです。
ヘイネス公爵親子には夫の浮気も四年後の離婚も全てお話いたしましたので理解してくださっていますが、普通はまだ王太子妃である私の前で愛人を連れて来て後釜だと、私の国の親しい者に言っていい事ではありません。
しかも夫の国より私の母国の方が大国なのです。
大国の王女様の代わりに嫁いできた私を蔑ろにするなど、喧嘩を売っているようなもの。
これが母国の陛下のお耳に入ると、下手をすれば戦争になります。
夫は戦争をしたいのでしょうか?
私は夫の頭を本気で心配しました。
夫が乱入して来た事により、この部屋には侍女や護衛の騎士も増えていたのですが、全員が青い顔になっています。
のほほんとしているのは、当の本人の夫と愛人だけです。
私たちがどうしたらいいのか分からずに固まっていますと夫は、ふとジアス様に目を向けました。
「ところでお前のその目は本物か? 左右の色が違う目なんて面白い。お前が女で胸が大きければ、王太子妃候補にしてやったぞ」
「「「「「!」」」」」
部屋にいる全員が、声にならない悲鳴を上げました。
今この方、なんて言いましたか?
女性関係では馬鹿でも、公務ならマシだと思っていたのですが、どうやらそれは全くの勘違いだったようです。
私を蔑ろにしただけではなく、母国の要人の息子の容姿を揶揄ったのです。
これはもう、どう取り繕ったって、国際問題ですよ。
しかも揶揄い言葉だというのに、胸の大きさは外さないんですね。
どんだけ好きなんですか。
私はジアス様を振り返りました、が……彼は微笑んでいました。
「確かに左右違う色の瞳というのは珍しいようですね。殿下に興味をお持ちいただけたのであれば光栄です」
ジアス様は、私が思う以上に大人な方でした。
ヘイネス公爵も微笑んでいます。
……ですが二人共、笑顔の奥に何か黒いモノが見え隠れしているのは私の気のせいでしょうか?
私は我慢してくださっているお二人の努力にお力添えしようと、その場を和ませる事にしました。
「確かにお珍しい瞳ですね。ヘイネス公爵と同じ青色の瞳はブルーサファイアのようですし、黄色の瞳はアンバーを彷彿とさせます。とても綺麗で見入ってしまいますわ」
私はジアス様に、素敵な瞳を阿呆な夫に揶揄われても気にする必要は一切ないという気持ちを込めて、そう伝えました。
するとジアス様は、うっすらと頬を染めます。
「ありがとうございます。青い瞳は父上に、そして黄色の瞳は母上にと、それぞれ両親から頂いた色なので私は気に入っているのですが、そのように褒めていただけますと気恥ずかしく感じますね」
「何を照れる必要がある。そうだぞ、クレイン様が仰るようにお前の色は宝石のように美しく、私たち夫婦の愛の証というものだ。大いに誇ってくれ」
ヘイネス公爵がジアス様の背中を叩きます。
ジアス様は軽く公爵を睨みましたが、それでも微笑ましい空気が流れました。
本当に素敵な親子関係です。
そんな二人をクラウディア様は頬を染めて見つめます。
ジアス様のオッドアイに気が付いて、ますます興味が湧いたという事でしょうか?
夫は私がジアス様を褒めた事に気分を害したのか、こちらを睨んできます。
貴方、自分でどれほど愚かな発言をしているのか分かっていますか?
ああ、分かっていないからこその発言でしたね。
そろそろ宰相辺りを呼んで、夫と愛人を引き取りにこさせましょう。
私がこっそりとモナに宰相を呼んでくるようにアイコンタクトをしていますと、またもや夫がジアス様に話を振ります。
「けれどお前、少し細過ぎないか? 見たところ俺と同じくらいの年だろう? 俺のように、もう少し鍛えた方がいいな。そんな顔で華奢ときたら、女扱いされたって文句は言えないぞ」
ジアス様は美しいですけれど、決して女性に見られるような容姿ではありません。
自分が見下したくて女扱いしたくせに、何を責任転嫁しているのでしょう。
本当にムカつきますね。
私の眉間に皺が寄りそうになったところで、ジアス様が「確か殿下は十八歳だと記憶しておりますが」と返事をします。
「それがどうした?」
首を傾げる夫に、ジアス様ははにかみました。
「私は十四歳なので、四つほど違いますね。一応これでも鍛えてはいるのですが、なかなか筋肉が付かない性質なもので、殿下のような体になるにはもう少し成長しないと難しいですね」
ジアス様の言葉に、夫とクラウディア様が唖然とします。
あら、私と同様、ジアス様の年齢を勘違いしたみたいですね。
十八歳と十四歳では、筋肉の付き方は違って当然でしょう。
それなのにドヤ顔で細身のジアス様を見下したようですが、正直、殿下もさほど大した体ではありません。
先日のアッハンウッフン現場でじっくり拝ませていただいたので、ちゃんと白いお腹を記憶しておりますよ。
夫は勘違いして年下にウザ絡みしていた事に、怒りなのか羞恥なのかカッと赤くなりました。
私は内心で『馬鹿ですね、この人、アハハハハ』と大爆笑していましたが、表情筋は働かないので無表情のままです。
ですが赤くなる夫の真横で、その表情を見たクラウディア様はプッと口元を押さえてしまいました。
それを目ざとく夫が気付きます。
「クラウディア、お前、俺を笑ったのか⁉」
ガタッと椅子を蹴倒して立ち上がった夫は、クラウディア様を睨みつけました。
「え、いえ、そのような事は……」
「いいや、笑った。お前は愛した男を笑う、そんな女だったんだな」
「カール様⁉」
「失礼する!」
夫は一応、最低限の礼としてヘイネス公爵親子に言葉をかけると、ドスドスと足音を立てながら部屋を出て行きました。
その後を護衛騎士が追いかけます。
「お、お待ちください、カール様。待って!」
取り残されたクラウディア様は一瞬、放心していましたがハッと我に返ると慌てて夫の後を追いかけていきました。
部屋に残った私とヘイネス公爵親子とリックが大爆笑したのは、余談ですわね。
顔面蒼白の宰相が、私の前で項垂れています。
先程の夫の行動を、モナが連れて来た宰相にしっかりとチクらせていただいた結果が、今の状況です。
ヘイネス公爵親子はあの後、ロレント公爵の屋敷へと向かわれました。
古くからの友人らしく、この国に滞在の間は彼の屋敷に宿泊するとの事です。
明日また改めて会う約束をしたので私のサロンには今、ソファに座った私と宰相、部屋の隅に控えているモナとリックだけが顔を合わせているのです。
宰相は項垂れていた顔を上げて、恨み言を申します。
「どうして、そのような事態になる前に私をお呼びくださらなかったのですか?」
「呼びましたわ。間に合わなかっただけです」
私がキッパリとそう言っても「それでも、殿下が部屋に来た時点で」とか「変な方向にいかないように会話を誘導してくださっても」とかブツブツ文句を言っています。
この方は十二歳にどこまで求める気なのでしょうか?
「元はと言えば、貴方が寄越した侍女が殿下を断らなかったのがいけないのでは?」
「それは、まあ、そうなのですが……でも」
尚もブツブツと言います。
ちょっと苛ついてきました。
私は眼を細めて宰相を見つめます。
「私が悪いのですか?」
すると先程までブツブツ言っていた宰相が、ビシッと背筋を伸ばします。
私を責めるのはお門違いだと気付いたのか、スッと頭を下げました。
「申し訳ございません。咎は全てカール様にあります」
宰相はやっと誰に非があるかを認めました。




