は? 呼んでませんけど
ヘイネス公爵親子と話し込んでいますと、サロンの隣の部屋で待機していた侍女がノックをしてきました。
入室の許可を出すと、慌てて私の方へと近付いてきます。
侍女は大変恐縮しながらも視線で発言の許可を求め、私が鷹揚に頷くと深々と頭を下げて伝えてきました。
「ご歓談中のところ、誠に申し訳ございません。クレイン様、王太子殿下がお見えになりました」
ちょうど計画の話をしていたところなので、サロンに居た私たちは驚きました。
扉の外で待っているであろう夫にも聞こえるように、わざと大声を上げてみます。
「まあ、急にどうしたというのでしょう? お約束などしておりませんでしたのに。私は今、来客中だとお伝えしたのかしら?」
明らかに迷惑だから帰らせろと言ったのですが、侍女は再度口を開きます。
「はい。ですが、お客人がエイワード国の公爵ならば自分も挨拶をせねばと仰られまして」
引く気のない夫の様子を伝える侍女に、私は内心で溜息を吐きました。
そこを上手く引かせるのが優秀な侍女というものですが、それを今ここで言ってもどうしようもないでしょうね。
私はヘイネス公爵親子を振り返ります。
「大変申し訳ございません。夫がご挨拶をと参っているようなので、お引き取り願うよう伝えて参ります」
私がお帰りいただきますので一旦席を離れますとヘイネス公爵親子に断りを入れますと、侍女は驚いたように私を凝視します。
当たり前ではありませんか。
国王にはすでに挨拶しているのですから、国の王太子が向こうから先触れもなく挨拶をと言われても、ご迷惑です。
無理矢理乱入して来るなんて、お客様に対して失礼とは思わないのでしょうか?
宰相が私に関わる侍女を入れ替えているようですが、まだまだ王太子妃の侍女には相応しくない方々のようですね。
私が侍女を無視してモナを連れて扉へ向かおうとしますと、公爵が声をかけてきました。
「クレイン様、私どもなら構いませんよ。どうぞ、お通ししてください」
「ですが、それではお二人に失礼では……」
「王太子自らお越しくださって光栄ですよ」
「ぜひ、お目通りを」
ヘイネス公爵もジアス様も快く受け入れてくれます。
しかしその目には、噂の王太子を見てみたいという好奇心に満ち溢れていました。
まあ、先触れもなく押しかけて来る時点で公爵や私を見下す傲慢な態度と、成人したのに礼儀のなっていない王子という印象は刷り込まれましたが。
ヘイネス公爵親子はニッコリと微笑みます。
それを見た侍女が麗しいお二人の笑みに頬を染め、私を振り返ります。
ほら、お二人は良いって言ってるじゃない。一々細かいのよ、あんたは。とでも思っているのでしょう。
フンスと鼻息を荒くします。
私は小さく息を吐いて、その侍女に夫を呼びに行かせます。
侍女は会釈をして、いそいそと隣の部屋に向かいました。
主の意向に沿えないあの侍女はいらないと、宰相に伝えなければいけませんね。
私は侍女が居なくなった間に、お二人に謝罪いたします。
「夫と侍女が無作法いたしまして、申し訳ございません」
「いやいや、噂の王太子殿下が向こうからやって来てくれたのです」
「クレイン様のような素晴らしい女性を妻に持ちながら、堂々と浮気ができるなんてどのような方が興味がありましたので、早々にお会いできて嬉しいですよ」
公爵もジアス様も、先程と同じように少し悪い笑みを浮かべられます。
お二人が楽しそうなので、少しだけホッとしました。
しかし、夫が私のサロンにやって来たのなんて初めての事ではないでしょうか⁉
いくらヘイネス公爵親子に会いたかったからといって、こんな所までノコノコ来るなんて一体どういうつもりなのかと、私は内心で身構えます。
本当に会いたかったのであれば、国王陛下と謁見している際に同席させてもらえばよかったのです。
私と一緒に我が国の要人に会おうとする夫の意図が読めなくて、私は悪い予感がしてきました。
私たちが立ち上がって待っていると、少しも悪びれた様子のない夫が堂々と歩いてきます。が、その腕には何やら重そうな肉が……コホン、肉感的な美女が巻き付いていたのです。
私たちは一瞬、放心してしまいました。
妻のサロンに同国の客人が居て、そこに愛人を連れて夫が乱入してきたのです。
そう、腕に巻き付いているのは先日、夫婦の寝室で夫とアッハンウッフンな現場を披露してくださった愛人のクラウディア・イブニン伯爵令嬢でした。
夫の腕はクラウディア様の胸の谷間に埋まっています。
ヘイネス公爵は流石、年の功。
最初は驚いていたようですが、すぐにこの事態を面白がっているようです。
ジアス様は完全に引いています。
夫と愛人の心中が理解できないのでしょう。
ええ、理解する必要は全くもってございません。
私も同じで、この方たちの思考は読めませんし、読みたくもありません。
ふと、夫の後ろにいる先程の侍女に視線を向けます。
彼女は俯いていてその表情は読めませんでしたが、どうしてクラウディア様が一緒だという事を言わなかったのでしょうか?
私が動揺する姿を見たかったのかしら?
それならば最初の低姿勢な態度は素晴らしい演技でした。
まあ、故意だとしなくてもうっかりミスだとしても、この侍女には金輪際、私の視界に入らない場所に移動してもらいましょう。
そんな事を考えていますと、夫が口を開きました。
「遠路はるばる、ようこそ。私がクレインの夫でありこの国の王太子、カール・アフレア・サビティだ。貴殿はエイワード国の公爵と訊いたが」
「エイワード国のカシック・ヘイネスと申します。こちらは息子でございます」
「息子のジアス・ヘイネスと申します。殿下にお会いできて光栄です」
何がそんなに機嫌がいいのか分からないが、満面の笑みで夫がヘイネス公爵親子と挨拶を交わします。
クラウディア様の紹介をどのようになさるのか、黙って様子を覗っていますと夫は私に顎をクイッと振り、座るように促せと命じてきます。
いやいや、明らかにクラウディア様の紹介が先でしょう。
そう思うのですが、目を眇める夫に何を言っても無駄だと悟った私は皆様に座っていただくよう言葉にします。
「どうぞ、皆様お座りください。すぐにお茶の用意をいたしますので」
私は侍女とモナに夫と愛人のお茶を用意させ、ヘイネス公爵親子に新しいお茶を注ぐよう指示します。
「気の利かない女ですまないな。子供だと思って大目に見てくれ」
そうです、私はまだ十二歳の子供です。
自分のサロンで同国の方と楽しくお茶をしている所に突然、夫が愛人を連れて乱入した時の対処法など全くもって存じ上げません。
夫は私の不手際で、客人を立たせたままでいたのだと言いたいみたいですが、どこまで子供に対応させる気でしょう?
あれはこの場で一番地位の高い貴方が言うべき事なのですよ。
笑顔のヘイネス公爵の額に青筋が浮かんでいます。
ジアス様は呆れて真顔になっています。
私も真顔になり……ああ、私の無表情は通常運転でしたね。
「ところで貴殿の今回の訪問は、どういった理由で?」
お茶を出して侍女が離れたところで、夫がヘイネス公爵にサビティ国に来た理由を訊ねました。
あら、どうやらクラウディア様の紹介は本当になさらないようです。
それほどヘイネス公爵の訪問理由を早く知りたいのかしら?
もしかしたら、ご自分の不祥事がエイワード国にバレたと慌てて来たのでしょうか?
けれど、それでしたらその証拠となるクラウディア様を巻き付けてご登場するのは、おかしな話ですよね。
私は夫の意図が読めずに、内心で首を傾げます。
ヘイネス公爵は流石に大人の対応で、内心では不思議に思っているでしょうが、それを口には出さずに夫と話を合わせます。
「隣のケッセル国に参る予定なのですが、その前に一目クレイン様のお顔を拝見したくなりまして、無理を承知で来させていただきました。私はクレイン様のお母上とは懇意にしておりまして、彼女とも幼少期に親しくさせていただいておりましたので」
「クレインの母上というと、すでに亡くなっているではないか。そんな昔の繋がりでわざわざ他国の王太子妃に会いに来るとは、ご苦労な事だな」
ふんっと鼻を鳴らす夫に、ヘイネス公爵の額の青筋が二本に増えました。
ジアス様は目を丸くしておられます。
そうですよね、私も流石に驚きました。
こんなにも人の気持ちが分からない方とは、思っていませんでした。




