あらあら、修羅場ですね
楽しんでいただけたら幸いです。
夫婦の寝室で、昼間から私の夫が別の女性と寝台の上でアッハンウッフン、アンアンと大変ハッスルしてらっしゃいます。
妻の私は廊下に居て、隣には夫の側近が扉を全開にして固まっていました。
切れ長の大変凛々しい眼が点になり、口をポカ~ンと大きく開かれています。
そんな大変貴重な表情を見た私は、少し得した気分になりました。
側近だけではなく私の後ろには、私の侍女と護衛騎士、夫の護衛騎士二人も側近と同じような状態になっています。
妻の私はというと、驚きはしましたが悲しさや悔しさなどは一切ございません。
それよりも人間の交尾とはこのようにするのかと、今後の知識として勉強させていただいております。
彼らは服は疎か掛布もかけていないので、その様子はハッキリと分かりました。
せっかく天蓋付きなのですから、せめて下ろしていれば隠しようもあったと思うのですが……。
私がマジマジと見ている前で元から大きかったお声は一際大きくなり、夫は「うっ」と言って体を震わせたかと思うと、そのまま女性の上に倒れ込みました。
これがいわゆる〔イッタ〕というやつですかね?
二人は重なりながら、ハアハアと大きな息遣いをしております。
そうしてその声にハッと我に返ったのは、夫の側近でした。
「カール殿下! 一体何をしてらっしゃるのですか⁉」
「え?」
真っ赤な顔の側近を前に、息を弾ませていた夫はポカ~ンと、先程の側近と同じ表情をされています。
寝台の上の裸のお二人は、扉が大きく開かれた先に佇む私たちに気付くと、見る見るうちに顔を赤く染め上げていきました。
「うわあぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ!」
「クレイン様、見てはいけません!」
「はっ、そうです。クレイン様、こちらへ」
お二人の悲鳴で、私の護衛と侍女が慌てて私の体を後ろへと方向転換させます。
「早く何か身に着けてください!」
「いや、それよりも扉を閉めましょう!」
「そうです、ソックス様。こちらに来てください」
夫の側近と護衛騎士二人が、扉の引っ張り合いを始めました。
寝台のお二人も、掛布の引っ張り合いをしています。
これを〔カオス〕というのでしょうか?
そうして、どうにか扉が閉められた頃には大勢の使用人が興味深げにこちらを見ていました。
夫の側近がキッとその切れ長の眼で睨みつけると、わらわらと去っていきます。
流石はソックス様ですねぇ、と私が感心していると、目が合った彼は複雑な表情をされました。
ああ、そうですよね。気まずいですよね。
私は気にしないようにと声を掛けようとしましたが、その前にソックス様の方から声を掛けられました。
「後ほどカール殿下からお話はお聞きしますが、これは陛下のお耳にも入れなければいけません。その手紙は失わないように保管しておいてください」
「ええ、そうね。分かりましたわ」
私は手に持っていた手紙を大切に抱きしめました。
何も私たちは、このような場面を見たかった訳ではありません。
見せられたのです。
その証拠が、この手紙だと私たちは深く頷きました。
皆様のご都合が合わなかったのか、夫の両親を交えた話し合いは次の日の正午となりました。
夫の過失はあっという間に醜聞として城内に広まっていましたが、それでも体裁をとって政の重要案件の会議と装って、一同は集められました。
これほどまでに大事になった理由は、そう、夫がこのサビティ国の王太子殿下だったからです。
夫の両親はサビティ国、国王陛下と王妃殿下。
彼らは扉から最も遠い中央の椅子にデンとお座りになって、重鎮たちに囲まれた我が子をジッと見つめています。
昨日現場に居た私たちは、扉付近でそんな室内の様子を見ていました。
全員椅子に腰かけていますが、重鎮たちの真ん中で居心地悪そうに肩をすくめている夫は、まるで犯罪者のようです。
「カール、改めて昨日の行いを聞く。お前はわざわざ妻を呼び出して、夫婦の寝室で他の女と情事にふけっている姿を見せたとは、誠の事か?」
「何ですか、その変態的行為は? 誤解です、父上! 俺にそんな性癖はありません。俺はクレインなど呼び出してはいません」
「他の女とやっていたのは、誤解ではないのだな」
「……………………」
「夫婦の寝室で、なんて十分変態ではないの」
陛下の質問に夫は誤解だと叫びましたが、王妃の呟きに顔を真っ赤に染めました。
「な、何が妻だ。夫婦の寝室なんて一度も使った事なんてない。こんな、こんな……」
夫はワナワナと体を震わせたかと思うとブツブツと呟きだし、そうしてクワッと顔を上げて叫びました。
「十二歳のガキと寝室など共にできる訳ないだろう!」
はい、夫の言う通り、私は十二歳の少女です。
私クレイン・マルシアスは、ここサビティ国の東にある大国、エイワードのマルシアス侯爵家の娘として生を受けました。
侯爵家の令嬢といわれれば当然、誰もが両親に愛されて育ったと思うでしょう。
けれど私は、この家で家族に疎まれて育ったのです。
それには色々と事情がございました。
私のお母様が侯爵家の一人娘で、お父様は伯爵家から婿にきました。
我が国は世襲制なのでマルシアス侯爵家の主はお母様でしたが、私が五歳の時そのお母様が亡くなると、お父様はすぐに私の後継人として侯爵を名乗りました。
そして、そのまま別の女性と結婚したのです。
その時点で、同じ年の幼女が一緒について来ました。
彼女はお父様の本当の子供であるらしく、義母はいわゆる愛人として以前からお父様の側に居たそうです。
そう、お父様はお母様と愛人、二人相手に同時期にハッスルしていたのです。
私と彼女は一か月違いという事ですから、恐れ入ります。
五歳ですから当然、最初は意味も分からずに新しいお義母様と異母妹に笑顔を向けました。
ですが、彼女たちは私を見ると眉間に皺を寄せました。
その拒絶に当時の私は困惑いたしました。
どうやらお父様が彼女たちに、自分たち家族が幸せに過ごすには私が邪魔だと言っていたようです。
異母妹に握手をしようと手を伸ばした際に、振り払われてそう叫ばれました。
お母様が健在の頃から、何故かお父様は私を見ようとはしませんでした。
優しく撫でられた事など一度もありません。
その理由は七歳の頃、知りました。
何でも、お母様はお父様と政略結婚をする前に好きな人がいたそうです。
それは侯爵家に仕える執事見習の青年だったそうで、お父様と一緒になる際に彼は侯爵家を追い出されました。
その彼がエイワード国には珍しい、銀髪だったらしいのです。
お父様は茶髪の灰色の眼、お母様は金髪の緑の眼です。
そして私が銀髪の緑の眼。
緑の眼はお母様だとして、お父様の色はどこにもありません。
その上、私の容姿はお母様にそっくり。
お父様は、お母様と執事見習の青年との不貞を疑ったのです。
マルシアス侯爵家の家系図を遡れば、一人だけ銀髪の方がいらっしゃいました。
私はその方の血が色濃く出たのでしょう。
いわゆる先祖返りというものです。
それなのに、とっくに辞めさせて行く先の分からなくなった青年との仲を疑える意味が、私には分かりません。
自分が不貞をしていたからといって、お母様まで疑うなんて何と愚かな事でしょう。
それで私を我が子として認めていなかったとは、なんとも器の小さな男です。
そうして私は自分の家でありながら、家族に虐められる日々を送る羽目になりました。
まず最初に部屋を異母妹にとられました。
日当たりの良い大きな部屋が、荷物と共に丸ごと異母妹の物になったのです。
お母様が買ってくれたドレスや小物、全てが異母妹の物になり、お母様の宝石は義母の物となりました。
そして私は物置部屋へと押し込まれました。
食堂で家族と一緒に食事をする事は許されず、とにかく自分たちの視界に入るなと言われたのです。
そして彼らの気分を害すれば、容赦なく暴力を振るわれる。
これでよく無事に育ったと思いますが、それには私の大きな味方が存在していたのです。




