後日譚② ミリアの旅路──赦された勇者──
風が吹く。
丘の上から見下ろす村は、穏やかな午後の光に包まれていた。
笑い声。
畑の匂い。
それは、かつて私が守ろうとした世界の形だった。
だけど、もう剣は持っていない。
鞘は空のまま。
それでもいい。
そう思えるようになってから、私は旅を続けている。
ある日、とある村で奇妙な噂を聞いた。
「夜になると、黒い霧が畑を覆うんだ」
その言葉に、胸がざわつく。
黒い霧――魔力の残滓。
あの人の“欠片”かもしれない。
夜。
丘を登る。
霧が揺れている。
かつての戦場の匂いがした。
手が、剣の柄を探す。
だが、そこには何もない。
――もう戦うな。
脳裏に浮かぶ声。
アークルの声だ。
私は目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。
「私はもう、剣じゃなく言葉で救う」
そう呟くと、霧の中に人影が見えた。
怯えた村の少年だ。
霧のせいで錯乱している。
「大丈夫。怖くないよ。」
手を差し出すと、少年の目がゆっくりと戻っていく。
黒い霧が消え、朝が来た。
空が白み、風が吹いた。
そこに残ったのは、ただの畑と、静かな光だけ。
翌朝。
村を発つ前に、少年が駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、ありがとう! あの黒い霧、もう出ないよ!」
私は笑った。
「それはね、誰かが見守ってくれているからだよ。」
見上げた空に、
淡く揺れる黒い影が見えた。
まるで、微笑んでいるように。
「……あの人らしいな。人間の霧になってまで、世界を見てるなんて。」
旅は続く。
私は今日も歩く。
戦うためじゃなく、生きるために。
いつか、また会えたら――
その時こそ、本当に笑って言いたい。
「ありがとう、アークル。」
風が頬を撫で、朝の光が差し込んだ。
新しい日が、また始まる。




