第5話 カウンセリングの果てに
──アースこころクリニックにて──
夜勤中だった。
コンビニの照明が、ふっと揺れた。
レジの画面が一瞬、真っ黒になる。
外の街灯が消え、静寂が訪れる。
嫌な気配。
久しく感じなかった――“魔の波動”。
「……まさか。」
棚の影。
黒い靄が渦を巻き、形を取ろうとしている。
俺は反射的に、右手を掲げた。
掌の紋章が淡く光る。
「眠っていろ。今は、もう戦う時代ではない。」
呟くと、靄は消えた。
だが、確信した。
この世界に、俺の魔力が戻り始めている。
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翌朝。
アースこころクリニック。
白石の診察室で、俺はそのことを話した。
「魔力が戻っている?」
「ああ。制御はできるが、不安定だ。夜になると暴れる。」
白石はしばらく考えた後、静かに言った。
「それは、あなたが“回復している”証拠かもしれませんね。」
「……回復?」
「心が少しずつ動き出すと、眠っていた力も動きます。
あなたの“魔力”も、心の一部なのかもしれません。」
俺は黙った。
かつて、力こそが自分の存在理由だった。
だが今、その力が戻ることが――少し怖い。
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診察のあと、待合室でミリアが待っていた。
「聞いたわ。力、戻ってきたんだって?」
「お前の情報網は相変わらず早いな。」
「戦う気は?」
「ない。」
ミリアは少し笑い、窓の外を見た。
「私ね、ずっとあなたを憎んでた。
でも最近、夢の中で昔のあなたを見たの。
戦う前の顔。
その顔は、今のあなたと同じだった。」
言葉が出なかった。
ミリアは続けた。
「……あのとき助けられなかった人たち。
私も、救えなかった。
だから、もういいのかもしれない。
お互い、少しは赦されても。」
胸の奥で、何かが静かに砕けた。
長く抱えていた、黒い石のような感情。
痛みと同時に、温かいものが広がっていく。
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その夜。
再び夢を見る。
灰の世界。
燃え落ちた城。
だが、今回は違った。
廃墟の中に、一輪の花が咲いていた。
その花の傍らに、白石が立っていた。
「ねえ、アークルさん。
あなたは“滅ぼす”ことで、何を守りたかったんですか?」
答えられないまま、目が覚める。
天井を見上げると、外はもう朝だった。
心臓の鼓動が、かすかに早い。
あの夢は、ただの幻ではない。
俺の心が、ようやく問い返し始めたのだ。
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