第4話 現代社会の魔王
──アースこころクリニックの外で──
通院を始めて三週間。
俺は、白石医師から宿題を出されていた。
「そろそろ外の世界にも慣れてきたでしょう。何か“生きる目的”を探してみましょうか。」
その言葉が、どうにも引っかかっていた。
目的。
世界を滅ぼす以外に、何をすればいい?
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三日後。
俺は、ハローワークという場所に立っていた。
「職を……探しているのですか?」
受付の女性が笑顔で尋ねてくる。
「うむ。世界征服の経験があります。」
沈黙。
「……あの、接客業とかはどうですか?」
「民の支配には向いているが、民との会話は苦手だ。」
「では、倉庫作業とか……」
「地下で働くのは得意だ。」
面接官の顔がどんどん引きつっていく。
結局、どこにも採用されなかった。
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その日の午後。
アースこころクリニック。
「仕事、見つからなかったんですね。」
白石がカルテを見ながら微笑む。
「この国、征服経験を評価してくれん。」
「……まぁ、そうでしょうね。」
ミリアが横で吹き出した。
「だったら、バイトでもすれば? 私、コンビニ紹介してあげる。」
「こんびに?」
「夜勤。お客さん少ないし、魔王向きよ。」
俺は考えた。
たしかに、夜の静寂は嫌いではない。
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一週間後。
俺は黒い制服を着ていた。
胸には名札がついている。
【アークル】
コンビニの扉が開くたび、鈴が鳴る。
客が来るたびに、俺は唱える。
「いらっしゃいませ。」
この一言に、こんな苦労するとは思わなかった。
笑顔を作る。
魔力で照明を壊さないように気をつける。
スキャン音が鳴るたびに「呪文か?」と構える。
だが、不思議なことに……
客の「ありがとう」という言葉が、少しだけ胸に残った。
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夜勤明け。
空が白み始めるころ、ポケットの診療カードを取り出す。
アースこころクリニック
再診:木曜日 10:00
次の診察で、なんて言おうか。
「世界を滅ぼす気力は戻りませんが、レジ打ちは上達しました」――か。
ふっと笑う。
かつて、笑い方を忘れていた俺が。
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その日、受付の森山が白石に話しかけていた。
「先生、最近、体がだるいんです。夜になると、目が赤く光って……」
白石は首を傾げた。
「寝不足かもしれませんね。あなたも、ちゃんと休まないと。」
森山は頷き、静かに去っていく。
彼の背中には、うっすらと黒い紋が浮かんでいた。




