第2話 不眠と悪夢
──アースこころクリニックにて──
夜が、怖い。
魔王であった俺が、夜を恐れるなど笑い話だ。
だが、眠るたびにあの光景を見る。
焼け落ちた街。
泣き叫ぶ声。
崩れていく城の塔。
そして、最後に聞こえる。
あの女の声。
「――どうして、助けてくれなかったの?」
その声で目を覚ます。
いつも夜明け前だ。
息が荒く、胸が焼けるように痛い。
夢だとわかっていても、指先が震える。
まるで、まだ剣を握っているようだった。
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翌日。
アースこころクリニック。
「眠れていないようですね」と白石が言う。
「寝た。が、寝た気がしない。」
「どんな夢を?」
「過去の戦。焼けた街。民の悲鳴。勇者の目。」
白石は小さく頷き、カルテを閉じた。
「それは“悪夢”と呼ばれるものです」
「わかっている」
「……では、戦争のあと、誰かに“助けてもらった”ことはありますか?」
問いの意味がわからなかった。
助けられた? 俺が?
沈黙の中で、白石が優しく言う。
「もしも、自分を助けてくれる人がいなかったのなら――」
「その役は、これから私たちがやります。」
胸の奥が、ざわめいた。
言葉にできない、何かが動いた気がした。
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処方された薬を受け取り、診察を終える。
ビルの外に出た瞬間、昼の光がまぶしかった。
薬袋を見つめる。
中には小さな錠剤が三つ。
「……これで悪夢が消えるのか?」
信じられなかった。
だが、医師の言葉が頭に残っている。
――助けてもらえなかったなら、これから助けてもらえばいい。
俺はそれをポケットに入れ、歩き出した。
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その夜。
再び、夢を見る。
焦げた空。
倒れた兵。
そして、炎の中に立つ勇者。
長い銀の髪。
燃えるような青い瞳。
彼女は剣を構え、微笑んだ。
「また会えたね、魔王。」
息を呑む。
これはただの夢ではない。
俺の右手が光る。
掌に、見覚えのある魔紋が浮かび上がる。
「……勇者、ミリア。」
彼女はゆっくりと剣を下ろした。
その瞳は、悲しみと安らぎが混じっていた。
「あなた、まだ……治ってないみたいね。」
目が覚めたとき、夜は明けていた。
額には冷たい汗。
そして、右手には確かに――
淡く光る紋章の痕が残っていた。




