スピ◯タスには触れるべからず
コロン様主催『酒祭り』参加作品です。
俺が昔住んでいた学生寮の冷凍庫には常にスピ◯タスという酒の瓶が一本入っていた。
アルコール度数は驚きの96度。
馬鹿な学生達には使い勝手のいい罰ゲームグッズだ。
なにかのゲームで負けた学生がペナルティとしてショットグラスに注がれたスピ◯タスをストレートで一気飲みするなんてのはよく見られた光景だった。
ところでこのスピ◯タスの一気飲み。
初めて飲む一年生は必ず上級生から次の注意を受ける。
「飲むときは絶対にスピ◯タスを唇とか皮膚に触れさせるな。腫れて最悪爛れるからな。口の中にスピ◯タスを放り入れるようにして飲め」
スピ◯タスは要は純度の高いアルコールなのでそれが唇や皮膚に触れたからといって爛れるわけもない。
それで爛れるんだったら注射前のアルコール消毒なんかどうなるんだって話になる。
だいたい皮膚を爛れさせるようなものを口内に放り込んだら口内や内臓だって爛れるだろう。
じゃあこれが下級生に一気飲みさせるための上級生からの嫌がらせかといえばそうとも言えない。
なぜなら上級生たちもそのように飲むからだ。
そして俺があの寮に住んでいた4年間でこの飲み方のルールを破った奴はいない。
プライバシーという概念が存在しないかのように互いの情報が筒抜け状態だった寮でそんなことをすれば
「✕✕がスピ◯タス普通に飲んだけどなんともなかったってよ」
とかいった情報が伝わってくるはずなので多分間違いない。
まあ、誰が言い出したのか知らんがアホな都市伝説めいた迷信だったなと思う。
卒業した後、たまにこのことを思い出してネットでスピ◯タスを検索してみたりしたが、なぜか学生寮にあった瓶のラベルと似たデザインのものを見たことがなかった。
SPI◯◯TUSと表示があったのでスピ◯タスだったのは確かだと思うのだが。
あまり輸入されないメーカーのものだったのだろうか?
◇◆◇
俺は会社の課の飲み会で焼酎の水割をすすっていた。
店員のお姉さんが注文されたものを次々持ってくる。
「スピ◯タス一本とショットグラスお持ちしました〜」
出てきたスピ◯タスを見て驚いた。
ラベルが学生寮にあったものとよく似たデザインだったのだ。
「誰だ!?スピ◯タス一本なんて頼んだのは!?」
「ハイハイ俺っす〜」
「斑目谷!お前アホか!?飲み切れねーだろ!」
「こんだけ頭数いるんですから皆で飲めば飲みきれるっすよ〜」
「潰れるわ!」
俺の隣に座る後輩の斑目谷が酔った勢いで注文したようだ。
さっきトイレに立ったときにでも頼んでいたんだろう。
周囲の上司や同僚から叱られているが本人は気にする様子もなくショットグラスにスピ◯タスを注ぎだす。
グラスの八分目程まで注いだそれを斑目谷は一気にあおった。
「グッ!グホッ、ブベッ!」
しかし強過ぎるアルコールにむせてしまった。
手で口を押さえて止めようとするが間に合わずスピ◯タスを噴き出してしまう。
「うわっ!汚な!」
「誰かおしぼりとティッシュー!」
幸い斑目谷が自分のシャツを濡らしたくらいで被害は少なかったが。
「うあ〜、酷い目にあった」
自分で勝手にむせただけだろ。
「ということで六足先輩」
パンッ。と斑目谷が俺の肩を叩く。
「ん?」
「先輩も一杯いかがっすか?」
「……ったく、しょうがねえな。一杯だけだぞ」
そして斑目谷に注がれたスピ◯タスをつい口内に放り込んで一気飲みしてしまった。
「うお!なんすか今の!自分と勝負っすか!?」
「いやそうじゃなくてだな」
そこで斑目谷に学生時代に教わった飲み方の話をした。
「あははは、変な迷信っすねー」
「まったくだな」
その後、二次会に行こうという斑目谷の誘いを
「アホか、明日も仕事だぞ。お前もさっさと帰れ」
と断って帰路についた。
◇◆◇
翌日出勤すると上司に呼ばれた。
「斑目谷だが、本人から連絡あってな。あいつ今日から休むぞ。復帰はいつになるか分からん」
「え?そうなんですか?」
「今朝から体があちこち爛れて腫れ上がってるとかでな。特に唇がひどいらしい。俺も電話で話したが何を言ってるかやっと聞き取れるくらいだったからな。そうとう腫れてるんだろう。そんなわけで六足、しばらく負担がかかるだろうが頼むぞ」
スピ◯タスは関係ない。
斑目谷の体が爛れたのは偶然だ。
などと思えるわけがない。
何故なら
昨夜斑目谷がスピ◯タスを噴き出す際に口元を押さえてスピ◯タスまみれになった手。
酔っ払ってよく拭いもしなかったであろうその手で叩かれた俺の肩がさっきから急に熱を帯びてきたのだから。