1.転生したのは、見捨てられた子。
「――待って、この子だけを置いてなんて行けないわ!?」
「仕方ないだろう! 私たちについてきたら、確実に死んでしまう!!」
おぼろげな意識の中で、そんな会話を聞いた。
俺の身体は、小柄な女性の腕の中にすっぽりと収まる大きさになっている。その状況を把握するまで、少しばかりの時間を要した。その間にも、夫婦らしい男女は声を荒らげて言い争っている。
それでも最後には、女性の方が折れた様子だった。
「ごめんね、イヴ。貴方はどうか、生き延びて……?」
大きな樹の陰に、俺を隠す。
最後に見た見知らぬ女性の表情は、ひどく悲しげだった。イヴというのは、俺の名前だろうか。そう考えていると、怒号のような声が響き渡った。男女はそれに素早く反応し、去っていく。どうやら二人は何かに追われているらしい。
俺はそう思いつつ、改めて自分の身体を確認した。
「あ……う、なるほど……?」
あの日、命を絶たれてから。
どれだけの時間が経過したのかは、分かりようがなかった。
ただそれでも、いま確かなのは俺はその後に――。
「……転生した、か」
こうして、新たな命として生を受けたらしい。
前世で転生術式の仮説は立てていたが、どうやら間違いでなかったようだ。もっとも身体能力を保持することなどは、できなかったらしいが。
やはり以前の自分は、どこまでいっても凡才以下だった、というわけか。
そんな事実を改めて確認しつつ、俺は――。
「――『身体強化』」
新たに授かった己の身体に、強化魔法を施した。
これなら物心つく前の赤子とはいえ、自力で歩くことくらいは可能だろう。幸いなことに馴染みが早いのか、動かす四肢に違和感はなかった。
俺は自身を包んでいた布を服代わりに羽織り、周囲を観察する。
どうやらここは、人気の少ない森の奥らしい。
そんな場所に子供を置き去りにすれば、どうなるか――。
「火を見るよりも明らか、だと思うけどな」
俺はそう口にしながら、後方を振り返り見た。
そこには、だらしなく涎を垂らしたウルフが三体。分かりやすく腹を空かせているのだろう、鼻息荒くこちらへとにじり寄ってきていた。
一見して、絶体絶命の状況だろう。
獣相手にこちらは精々、歩くことができる赤子というだけ。
『グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!?』
だがしかし、相手も手加減をするつもりはないらしい。
なのだとすれば、こちらも易々と二度目の死を迎えるなんて御免だった。俺はゆっくりと間合いを測り、距離を取る振りをしながら、地面に簡単な魔法陣を描く。
これは以前の俺が考案したものであり、この中であれば凡才以下の者でも――。
「――こうやって、戦うことができる」
膝をつき、魔法陣に触れる。
その動きを防御姿勢と勘違いしたのか、ウルフたちは一斉に躍りかかってきた。その直後に俺は、自身の中にある魔力を解放し――。
「…………え、なんだこれ!?」
――驚愕した。
何故なら、赤子でしかない俺の身体から溢れ出したのは。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
いまだかつてないほど潤沢で、穢れのない魔力だったのだから。
そこから生み出され、魔法陣によって強化された炎は渦を生み出し、巨大な柱となって周囲を燃やし尽くした。当然、下級の魔物であるウルフが耐えられるわけがない。
地獄の業火とも呼べるそれによって、骨すら残らず。
彼らは俺の目の前から、姿を消したのだった。
「なんだよ、この身体……?」
燃え盛る森の中心で。
俺はこの事態を引き起こした己を認め、思わず身震いをしたのだ。
それもそのはず。
これ程までに才能に恵まれた身体であれば、きっと――。
「俺はもっと、できるはずだ……!」
以前は届かなかった領域へ。
そして、叶えたかった本当の願いを叶えられると思ったのだ。