序章
ザクッ、ザクッと雪の上を歩く音がする。
冷たい空気が顔に当たり、薄らと目を開けると、雪原の中にいた。
「皇女、目を覚まされましたか?」
声がする方に意識を向けると、軍服の男の背に担がれていたようだ。周りに同じような軍人が数人いる。状況を把握しようとしたとたんに、身体のあちこちが痛み、うぅ、とうめき声をあげた。目を覚まされたようだ、と周りから声があがった。
「皇女、あなたは銃撃により身体中お怪我をされております。あまり動かれないよう。もう少し進めば、民家が見えてきます。そこまで行けば安心ですので、今しばらく我慢を。」
そう、とだけ伝え、男の顔を見た。金髪に色白の肌、そして湖のような青い目をしていた。周りの軍人と同じく帝国ーいや、革命軍の軍服を着ていることから、革命軍の軍人と思ったが、おかしい。だって最後の記憶ではー、
「どうして、私は助かったの…?」
ブルッと震えた。雪が風に乗って降ってきた。身体が芯から冷えるような気がする。でもこれは寒さによるものではない。震えだした身体は力が入らず、頭もクラクラし出した。そんな彼女の様子を察した男は憐憫な目で見つめ、背にいる彼女を担ぎなおした。
「後ほど詳しくお話ししますが、銃撃後の生死確認で皇女のみ生存が確認された為、死亡と偽りこちらで保護しました。」
顔を下に向けながら男は話し出した。感情を抑えたような声音だった。周りを見ると軍人たちも顔を下に向けている。後悔が浮かぶ瞳をした者や、手を握り締める者、何かを堪えてるようなものばかりだった。
「…家族はどうなったの?」
震えた声で聞いた。その途端、男は唇を噛み締めた。周りからも、クッと呻き声が上がる。口元に手をあてる者たちの様子で、家族達の末路を知った。
「……そう、そうなのね。」
頭の中が真っ白になった。宮殿での幽閉生活が始まった頃から、こうなることは予想できていたけど、受け入れがたい事実だった。男の背中に顔を押し当て、身体の震えを抑えようとした。家族の最後の記憶が、脳裏に浮かび上がる。それは優しい記憶ではなく、銃撃の音、家族と使用人の悲鳴、軍人達の怒声。あまりの光景に涙が滲み、震えを抑えられなかった。
冷たい風が頬を打ち、頭上には雪が積もり始めた。気づかれないように鼻を啜ったつもりが、背中越しに伝わってしまったらしい。肩越しに振り返り、制帽に積もった雪がずり落ちることも構わず話し出す。
「皇女、あまり気を落とされないよう。あなただけでも無事でいてくれた事がどれほどのことだったか。これからはご自身が生き延びる事だけをお考えください」
次の民家までもう少しの辛抱をー、そう伝えてくる男は、そういえばユルカテンブルグの家に移ってからいた軍人だと気づいた。よく見れば周りの軍人たちも同じ時期から見かけるようになった警備兵ばかりだった。しかし、軟禁生活から脱出のする為、姉妹で懐柔しようとした時は、歯牙にも掛けなかった革命軍の軍人たちが何故。
不思議な気持ちで男の顔を見る。そしてふと、何故かその横顔をどこかで見た事がある気がしたーー。