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第9話 白華ヒエラルキー

 練習を一旦中断させて新たな仲間の紹介。

 一部を除き殆どの頭の片隅に残っている盗撮犯の行く末に決着をつけてスッキリさせなければならない。


「今日から入った新しい仲間でありマネージャーになった松笠菊美さんだ。皆、仲良くするように」

「ご紹介にあずかりました! マネージャーを勤めさせていただく。ま、松笠菊美です──! よろしくお願いします!」


 当然、俺達と皆の間にはまるで電流のようにバチバチと不安と混乱が鳴り響いている。

 蘭香と八重さんは特に目を見開いて驚いている。まさか正体が同じ高等部一年とは思ってなかったようだ。

 蘭香の「ど、どういうことですかコーチ?」と驚きと疑問に満ちた表情。

 八重さんの「いやいやいや……そいつ盗撮していたんでしょ?」という懐疑的で殺意も含まれた視線。

 セイラはドアの近くでずっと盗み聞きをしていたのか状況を完全に把握していたから「ワタシワカッテマス」みたいな得意顔をしていると来た。

 南京さんは何も知らないみたいだが、この妙な空気感を機敏に察して目線を交互に動かして探っているようでもあった。


「ん? さっきまでいなかったのはそういうこと?」

「ああ、上の階でちょっと面接させてもらっていたんだ」


 葵さんは盗撮対象であっても完全に蚊帳の外だったこともあり、マイペースに真っ白で純粋な目で松笠さんを見つめている。絶対に知られてはならないな……。

 そんな彼女の視線を受けて、松笠さんは冷静──ではいられていなかったらしい。ガチ推しというのは出任せの嘘ではなかった。

 表情は「私は冷静です」みたいになっているが行き場を失った動揺、興奮、緊張と言ったあらゆる要素が後ろ手から震えて汗が溢れている。

 いや、どうやってるんだ!?


「えっと、あの、その……エット──……」


 さらに表情の方にもエラーが起き始めている──!?

 推しているアイドルを目の前にすると誰もがこんな感じなるのか? と思ってしまうが、異常を吐き出す前に助け舟を出す。


「松笠さんは葵さんのファンみたいでな。葵さんが入部したことで自分も力になりたいと力説されて認めたということなんだ」

「ひょえっ!? そ、そのことは──」


 全部をバラされるんじゃないかと不安になった瞳でこっちに顔を向けてくるが視線で「落ち着け」と伝える。盗撮は伏せるに決まっている──

 けど、これからのことを考えればファンだった情報を提示した方が都合が良い。マネージャーを希望した動機がしっかりする。

 なにより絶対的な真実が1、2割あれば残りの8割はなんであれ信用される。


「ん、私のファン? まだいたんだ?」

「は、はい!! 忘れられる訳ありません! 小学生の頃、葵様の試合を見て心を奪われ脳を焼かれました! 粉骨砕身の意でマネージャーとして支えられるようがんばります!」

「とまぁ、葵さんのファンだが。当然他の皆の記録も頼むことになる。今までみたいに半端な練習映像じゃなくてしっかりとした映像で振り返れるようにするために力を貸してもらう。なにより流星祭に向けて成長するにはどうしても人手が必要になってくる」


 とりあえず蘭香と八重さんはしぶしぶと言った様子だが納得してくれた。 

 そうして松笠さんに手探り感覚で説明しながらこれから先やってほしいことを伝えながら残りの今日の練習を終え、彼女が帰宅すると──


「さっきは余計な混乱を避けて追及しなかったけど、しっかり説明してもらうわよ」

「実はコーチが脅されていたりしてませんよね!?」


 八重さんと蘭香の二人に引きずられるように二階観客席へ連れて行かれる。

 特に蘭香は妙な事を口にしている。心配症だな……とはいえ、真実を話しておいた方がいいだろう。

 敵として見られ続けるよりも。ちゃんと理解して敵じゃないことをわかってもらえたほうがいい。


「落ち着いてくれ、松笠さんが言った通り彼女は葵さんのガチ推し勢、ファンなんだ。以前も撮影のおっかけをしていたらしい。盗撮行為をしていたのもワープリに復帰したという状況に感極まって暴走してしまったんだ」

「なるほど、盗撮の経緯はわかったわ。それで? どうしてマネージャーになんてしたのよ? 草食動物と肉食動物を一緒の檻に入れたようなものじゃない!」

「撮影以上の何かに発展したら責任取れませんよ!?」


 撮影以上って何ぞや?

 ──っとちゃちゃを入れたくなるがそれは脱線しすぎる。

 彼女が害をなすかもしれない不安要素を心配するのは当然だろう。


「彼女の撮ったものを見させてもらったが撮影技術自体は本物だ。俺達がレベルアップするためには必要な技術を彼女は持っている。それに、今マネージャーとして首輪をかけられたことの方が幸運と考えるべきだ」

「どういうこと?」

「今回盗撮を見つけたのは内部の八重さんだ。もしもこれが外部の誰かが偶然UCIルームを見て、怪しい挙動の生徒が入っていくのを見かけ、不審に思い正義の心を宿して後をつける。すると、興奮して盗撮している様子を見てしまう──」


 連鎖の状況を伝えていく度に二人の表情は可能性を理解してしまった。

 この状況の危険性──


「あたし達が被害者であっても、問題を起こした事実は変わらないってことね……!」

「野放しにすれば巻き添え活動停止の可能性があるから手元に置いておく……松笠──菊美さんを」

「そういうことだ。まぁ、撮影技術に惚れたっていうのも確かだ。マネージャーにしておけば暴走はしないだろうし、一石二鳥だな。なにより、推しの力になれる状況だからこそ人一倍協力してくれるんじゃないか?」


 流石に楽観的な言葉か?

 二人は溜息を吐き、八重さんは呆れたような表情で蘭香はホッと安心したような表情をする。


「ちゃんと自分の意志なら言うことはないわ。どーせあたしには迷惑かからないし、葵が苦労するだけなら何でもいいのよ」

「もぉ、そんな言い方はダメだよ? でも、コーチが逆に脅されてマネージャーにさせられたんじゃなくて良かったです」


 さっきも思ったが蘭香は何故そんな言葉が出るんだ?

 悪事を見つけたのは俺。そこにかこつけてマネージャーを無理矢理やらせる方が筋が通ってる。実際今はそんな感じだ。

 でも、何も悪くない俺が脅される? わからない──


「何故そう思うんだ? 悪いことをしたのは向こうだし証拠もあるのに?」

「いえその、菊美さんは──」

「色仕掛けだったり、袖の下通されたんじゃないか気になったのよ。白華の生徒は普通じゃないからね」


 八重さんが何を当たり前なみたいな態度で言ってくれる。

 俺は女と金にめっぽう弱いと思われているのか? 流石にそれは心外と言わざるを得ない。しかし、状況には納得する。女性達の花園でどんな大義名分があろうとも僅かな接触でセクハラに繋げられたら勝ち目は無い。逆に脅される状況に早変わりということだ。


「まったく……確かに女っ気に恵まれないし贅沢できるお金を持っていない俺だが分別は付いている。皆を勝たせるのが今一番俺の目指している目的地だ。そこに繋がらないなら首を横に振るに決まっている」

「コーチ……!」

「そういうことにしとくわ」


 心の奥に響いてる感じはしないな……

 ただ、より強くなるために必要なことだと納得はしてくれたみたいだ。



 コーチはどこか楽観視しているかもしれないけど、あの子の正体を知っているあたし達は油断しない。まさか盗撮犯の正体が松笠菊美だったなんて……そしてマネージャーになるなんて想像できるわけがない。

 葵と言い、上手く回り始めると思った矢先にワープリ部に問題がやってくる。気まぐれな神様が試練を追加している気がしてならない!

  コーチは流星祭のために何かしらの起爆剤を求めているのはわかるけど、流石にあの二人は劇薬すぎる。


「菫ちゃん、さっきは本当に言わなくて良かったの?」

「言ったところで、菊美の生まれが変わるわけじゃない。一生徒と認識して接してくれる方があたし達にとっても都合が良いわ」

「そうかもしれないけど……大丈夫かなぁ?」


 蘭香は優しいからコーチの万が一を想像して心配しているみたい。

 なにせあの松笠菊美は大人しそうな淑女の見た目と違ってとんでもない人間。正確に言えば彼女自身が──ではなく、周囲の環境、親族が迂闊に手を出すことを禁ずる存在

 白華に来る子達は両親が大手企業だったり社長だったり政治家なのが多い。

 その中でも菊美は政界にも進出している業界トップシェアの家電量販店『マツカサデンキ』の社長の娘。知らない人間はいないしあたしだって利用したことがある。

 あの子に対しては皆はどこかよそよそしい。近くにいる人もマツカサデンキ社員の娘か懇意にしている家電メーカーの娘。

 ここまでなら別にアンタッチャブル扱いされない。

 父親は異常なまでの愛娘家──

 学園へ多額の寄付、毎日専属の執事で送り迎えをされている。

 こんな噂話もある──小学生時代菊美をイジメた子がいたらしい。それが発覚し親の耳に届いた三日後、その子は転校した。家も平らな売り地へと変化していた。

 あくまで噂だけれど、この噂は白華にいる同じ小学校の人が話して広まった。さらには社交界でとんでもないワガママ振りを発揮していたという話もある。

 これだけの力がある人間。

 コーチが篭絡されてマネージャーにした方が話としては自然。けど、鈴花の言葉からそんなのが無かったのはある意味おかしなこと。


「まったくっ! 後ろ盾ある人間が盗撮なんてしてるんじゃないのよっ!! 無敵も良い所じゃない!」

「コーチは何も知らないから止められたんだと思う。多分私達の誰かが菊美さんの前に立ったら逆に口止めされてたんじゃないかな?」

「……否定し切れないわ。自爆覚悟で止めることになってたでしょうね」


 多分、袖の下で誤魔化されていた。

 敵対関係になっていて何か妨害を受けることになっていたかもしれない。

 ある意味、穏便に済ますにはマネージャーにすることが正解だったのかもしれない。

 悔しいけどあたしも白華女学園の一員なんだと理解させられる。

 ここには表沙汰にされないヒエラルキーが存在している。多分これは普通の学校よりも絶対的に強力で覆せないもの。

 両親の社会的地位や業績が娘の印籠となってヒエラルキーを作っている。

 つまり菊美はヒエラルキーで言えばトップ中のトップ。

 ワープリ部の皆で彼女に対抗できるのはいない。

 あたしは両親が家事手伝いアンドロイドの一人者。真ん中より少し上位になってる。

 セイラは父が外資系企業のエリート、母が元モデルで真ん中位。

 向日葵はお父さんがスポーツ選手って言うのは聞いたことがあるけど、下層に位置してる。

 蘭香は……うん。白華のヒエラルキーで当てはめるとどうしても最下層に位置してしまう。

 鈴花は完全にイレギュラーでジョーカー。特待生、学年一位、賞を幾つか受賞していることもあって当てはめることができない。

 異変を察知したセイラと一緒に突撃したのが何か良い方向に転がってくれたかもしれない。


「でも、ワープリ部の一員になってくれたんだから一緒にがんばっていかないとね!」

「その前向きさは尊敬するわ。それにコーチはあの子を撮影方面で使うつもりだけど、強かに別撮りして回収する可能性も高いことを忘れちゃいけないわ」

「部活が終わったら私達でチェックした方がいいかもね」


 蘭香も内心気が気じゃないと思うのに部長の務めを真面目にこなしているわ。

 無意識的に葵と比べているのは何となくわかる。アレは蘭香が憧れた姿、なりたかった姿。

 コーチは蘭香をアタッカーからディフェンダーに転向させた。練習試合に勝つため、強くなるために必要だからと変えさせた。この経験を糧にアタッカーに戻れるなんて甘い言葉で誑かした。

 でも、戻る席はあるの?

 編成のバランスを考えたら蘭香をアタッカーに戻す理由はあるの?

 あの葵に期待している目──!

 都合良く蘭香の希望を利用するつもりなら張っ倒してやるわ!

本作を読んでいただきありがとうございます!

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