第7話 血で繋がる技術
自己紹介で開始時間が少し遅れてしまったが普段通りの部活が始まる。
全員と同じ練習メニューを行ってみて葵さんのことが少しずつわかってきた。
『癖のある錆び付いた名刀』
これが彼女を表すのに適している。彼女の能力は万能型とは程遠い攻撃特化型それも個人戦術オンリー。
訓練を重ねていくとどんどんとベールが剥がされていった。
まずは俺が考案した訓練『ダッシュ&ショット』──
これは10mのシャトルランをしながら移動した先に現れる的を破壊し走力と射撃力を高める訓練だと彼女に伝えたら好奇心高めにやってくれた。
この訓練は瞬間的な判断力と命中力、瞬発力を主に鍛える。持久力はどちらかと言えばおまけ、疲労が溜まっても命中力を落とさないでいられれば上々。
最初の方は皆と同じ100%の命中率を誇っていたが、時間経過に伴いその減少は他の皆以上に跳ね上がる。
俺が彼女に勝てたもう一つの理由──相当体力が落ちている。試合を四戦やった影響もあるだろうけど成長に伴い増加した体重に身体が付いていけていない、小学生時代と同じ感覚で使ってもズレが生じている。
続き、連携に難があるという懸念点も当然のように当たっていた。彼女は連携戦術を頭に入れることを拒否するレベルで理解してくれない。正確に言えば自分が中核となし好き勝手に攻める戦術は覚える気になってくれる。
そんな舐めた態度は当然誰も納得するわけが無いので。
彼女が連携を破る側に立って動き、沢山ボコボコにされてどうにか重要性は理解してもらえた。
小学生時代とは比べ物にならない高度な連携に流石の天才も対処しきれないようだった。というか皆もここぞとばかりに息が合った連携を発揮するあたり思うところがあったようだ。
敵を用意した方が結束しやすい。なんて言葉もあるようだが、俺はそれに頼ることは絶対にしない。
葵さんがやられた時に「前は1対9でも勝てたのに」と嘆いていたのが非常に印象的でもあった。
そうして17時20分、今日の部活を終えることなった。
フィールドに生成した建築物を綺麗に戻そうと管理室に入る途中、むんずと引き倒されそうな力で服を引っ張られる。
「ん、なんで私はコーチに負けたの、なんで私に弾当てられたの? かすることはまぐれでもあったかえど、直撃なんて今まで当てられたことなかったんだけど?」
誰かと思えば葵さんか──練習後で息が上がり沢山汗をかいているがそれ以上にあの負けが気になって仕方ないようだ。服が汗で透けるとかがないにしても少し視線の置き所が困る。
「汗とか拭いた方がいいよ?」
「ん、助かる」
俺の心情を察してくれたのか蘭香が気を利かせてタオルを渡す。しかし、そんなことは粗末なことだと言わんばかりに意識は完全にこっちに向いたまま。
強くなりたい欲がギラギラと伝わってくる。
話さなければ逃がしてくれることは無いだろう。
「三年のブランクは葵さんが思っている以上に大きい。小学生時代に会得した技術でもそれは小学生の頃の身体に合った技術なんだ。昔の感覚で身体を動かしても成長期の間に前線から離れていたら成長前後で当然歪みやズレが大きいはずだ。器の形がまるで違っているんだから100%発揮できない」
「ん……何かわかる気がする。本気で動こうとすると自分の身体が自分の身体じゃないみたいに感じる時がある」
練習で動いていくうちに理解したのか頷いて納得してくれる。
今の自分が最高だと慢心していないようでまずは安心。
「それがわかっているなら今はいい。蘭香に勝利したのだって初見殺しが大きい、戦いを重ねていけば7-3位には落ち着くだろう。一応蘭香は3側だけどな」
「うぐっ……! でも、勝てるってことですよね。コーチ!」
縋るような目を向けてくる蘭香にそれは当然と頷く。
ただ葵さんはそれでも納得できないのかちょっと不満気。全戦全勝なのが当たり前みたいな表情で抗議している。
「ん、でも、負けた理由は他にもあると思う。だって、攻撃のラインが全部読まれてた気がする。目で追われてる気がしなかった。最初の二戦で全部把握された? それとも経験の差?」
「確かに外から見てもコーチの攻撃って全部先読み的というか「こう来るだろうな」って予想が出来ていた気がします。動きがなんというか葵さんを追いかけているんじゃなくて、待ち構えていました」
よく見ていると感心する。
それに言葉で説明できているのも流石だ。白華で鍛え上げられた頭脳とは中々に恐ろしくも頼もしい。
「流石だなと褒めてやろう。俺が君に勝てたのにはもう一つ大きな理由がある。それはその動きを既に知っていたからだ」
「ん? 確かに私、大会とか沢山出てて優勝してたからそれで覚えたってこと?」
「実は葵さんの隠れファンで小学生時代も追いかけていたってことですか?」
「違う違う。もっと本質的にだ──つまり君の動きの基礎となる部分、最初に学んだ根本的な部分を知っている」
「ん……? よくわかんない」
さて、どう言えばいいものか……察してくれたら楽でもあるけど、そもそもその前提が間違っている可能性もある。
葵さんの実力が全て本人から湧いて出た天然物なら、この案は見事に的を外していることになる。
俺がわざとはぐらかすように言っているから読み取れず二人は頭に疑問符が浮かんでるような状態だ。
自分で話題を振っておきながら広げて良いものか躊躇する。何せ葵さんにとって喜ばしくない情報と繋がっているのだから。
「葵センパイにワープリの基礎を教えた人を知ってるってこと?」
「まぁ、正解だ──」
流石は鈴花と褒めてやりたくなる。だが、察しが良過ぎる子というのも中々厄介だ。
葵さんと戦うのは初めてでも、動きにある男の影がチラついて見えた。
教える人間は機械じゃない、癖やこだわりがどうしても出てくる。特に自分にとって自信のある動き、己の存在を残そうとする生存本能のような指導の痕跡。
別に悪いことじゃないし当然のことだ──人の凄さは知識や技術を繋げ、伝えていくことにあると俺は思う。
ただ、人によってはこうして見極められてしまう可能性もある。
しかし、その話題を広げて良いのか憚られてしまう。でも、納得のいく説明をするには話すしかない。
「その人は紅蓮陽炎さん。元プロで今は彩王蓮華のサブコーチに就いている人だ。その人が教えていた動きに葵さんはそっくりだった」
葵さんはこの名前を聞いた瞬間におっかなびっくりという顔をした。
「ん、凄いね。お父さん知ってるんだ。確かに色々教えてもらった」
「彩王蓮華にいれば当然な──ただ、葵さんについては全然知らなかった」
ただ、この名前は彼女にとってあまりいい印象を与えないだろう。
経歴だけに注目すれば凄い人なのだが、聖人では無い。
ワープリプロリーグにて優勝経験あり、三十歳近くに故障で
紅蓮陽炎さんは金剛紫さんと結婚し子供に恵まれた(名前は公表されていない)がその後十年経たず離婚している。
詳しいことは不明だが、生活が合わなくなったとかそんな理由がニュースで挙げられていたはずだ。ここまでなら、お互いスポーツ選手で噛み合わない何かがあったと沈静化するが。
余計に注目を浴びたのは紅蓮さんは数年後再婚している。
この辺りは鈴花以外は知っているという顔だが、心配そうな表情を葵さんに向けていた。
本当にデリケートな問題、当時色々あったかもしれないと思う。それをフラッシュバックさせるかもしれないと警戒してしまう。
ただ、当の本人は何にも気にしないあっけらかんとした表情だ。
「ん、だから未来視みたいな狙いができたんだ」
「まあな……あの人は近接の速攻戦術を教えてばかりだった。ついでに言えばその弟とは同期で似たような動きだったから余計にな」
「ん、灯お兄ちゃん──? そういえば今、彩王蓮華でコーチしてるって聞いた気がする」
「あいつも!? えっ? プロに行ったんじゃなかったのか? とにかくあそこ完全に一族経営になりかけてないか……コーチ全員紅蓮家なんじゃ……そんなんでちゃんと指導できるのか? 価値観とか視野が固定化しているんじゃ……」
灯の奴一体何があった? 同期の活躍を見ると心が病みそうになるから目を背けていたが、まさか陽炎さんと同じ道を歩んでいないだろうな……?
とにかく大事なのは今だ。彩王蓮華の育成状況ってどうなっているんだ?
毎年三大大会のうち一冠以上は制している以上、選手達の実力は相当あるだろう。しかし、成果に対して指導力は貧弱。教育指導を学んだ今だからこそあそこは相当歪だと認識している。
あの頃と変化しているのだろうか? 今も尚、成果を出すために蟲毒のような環境で子供を半ば使い捨てにするような育成をしているのだろうか?
「コーチ? どうかしました? 難しそうな顔をしてますけど」
蘭香の心配そうに覗いてくる顔で意識を切り替える。今はそんなことを考えても意味がない。俺は俺のやり方でみんなを導かなければ。
「いや、すまん。とにかく──! 葵さんにはあの人の動きというか癖がはっきり見えてな。昔対策をバッチリ立てた経験もあってどうにかできた訳だ」
「ん…………あんまり良い気分しない」
やはりか……理由を話すためとはいえ、デリカシーに欠ける発言だったか。
深堀しようとすればそれだけ傷に近づくということ、両親が離婚したことはこの子にとって心の傷に──
「──対策立てられた程度で負ける動きをしていたなんて……!」
「おぉ、まるで戦闘民族みたいなセリフだし!?」
そっちか!? と思わずツッコミを入れたくなりそうだが口をしっかり噤んだ。
どうやら……葵さんは鈴花の言う通り強くなるためならどこまでも貪欲になれる気概がある。
理想の自分と異なる動きに怒りを覚えてあがいているようにも見えた。
故に少しばかり注意して見守らないといけない……葵さんはワープリサラブレッド、彩王蓮華の指導をそのまま娘に叩き込んでいないか懸念点がある。
結果のためならどれだけ重い練習を課しても問題ない、ケガをしてもその程度の人間だったと切り捨てる非道な指導。
葵さんが無意識にそんな練習方法を選んでいないか注意深く見ておかないとな。
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