第5話 強者のルール
天才を目の前にした時──
同じ選手ならコレと競わなきゃならない絶望の感情が胸に宿るだろう。
だが指導者なら?
その答えは俺の胸が示している。期待と高揚で心が躍っていた、頭の中でその子を中心とした戦略を無意識的に組み上げてしまう程だった。
「ん! これで私が部長。勝った方が正義、ブイ──」
葵さんは少し口角を上げてご機嫌な様子でそう言い、強制的に冷静にさせられた。
とんでもないことを言ってはいるが、言える権利を力で示した。防御に徹していた蘭香を正面から打ち破る技術──本物と言わずして何という?
彼女は練習試合の相手だった桃園部長、それに匹敵する実力は持っている。
敵にならないで本当に良かったと言えるだろう。
戦力は大きく増強し喜ぶべき面の方が多いはずなのに、蘭香は両膝を床につけて深く落ち込んでいる。ただ負けて悔しいじゃ蘭香はあんな態度を取る訳が無い。俺が考えている以上に何か因縁染みた何かがあったのだろうか?
そんな勝者である葵さんは返事を待つように期待した顔でこちらを見ている。どうやら冗談でも何でもなく自分が部長相応しいだろうと全身でアピールしている。だが──
「実力があるのは確かだが、それを決めるかどうかは君でもなければ俺でもない」
「ん? どゆこと?」
「部長という存在は皆に認められてなるものだ。実力主義がまかり通るには白華の部員数は少なすぎる」
いきなりの部長宣言に当然他の皆は戸惑いの顔で見ている。中でも八重さんは片目をピクつかせて不良マンガに出てくるんじゃないかってレベルでキレている。白華の乙女がしていい顔じゃない。
「ん……だったら今、決めればいい。私の方が部長に相応しいと思う人手を上げて」
自分が部長になることを信じて疑わない態度に正直寒気を覚えた。
どんな環境で育てばここまで自己肯定感が高いモンスターが生まれるんだ!?
俺の思考がおかしいのかと思ってしまうけど、皆も付いていけていないみたいで互いに目を向けて混乱している様子が見られる。
「ん? 誰もいない?」
「サスガにムリデス。アナタのこと何にも知りませんカラ」
「なんというかさ、部長をちゃんとできるイメージが無いというか、頼り甲斐が無さ過ぎるんだよねだからNG!」
中等部組からの評価散々だ、南京さんは言葉を出していないがセイラの後ろに隠れて行動で拒絶の意志を放っているようにも見える。
「ん、でも──皆が一斉にかかってきても私一人にやられるよ? 強い人がまとめた方が文句が出なくて良いと思うんだけど? 強さは正義、強さは発言力に直結」
「はっは~ん……! 流石に聞き捨てならないっしょ……!」
「デスネ──!」
一触即発の空気がさらに濃くなる……白華の乙女でもここまで闘争心を露にできるのかとちょっと引いてしまいそうになる。
だが……気になることが一つある──
お山の大将になりたいのなら俺が来る前から入部していたらよかった。あれだけの実力があるなら簡単になれただろう。
蘭香だって素直に席を譲っていた可能性がある。
「だったら何故、今頃ワープリ部に来たんだ? これだけの実力なら中等部の頃から続けていれば部長になれていた可能性があった。皆を納得させるだけの実績を積めていたはずだ」
「ん? 簡単、前までのここはまるでゴミ山、才能無い人達が身を寄せ合って傷を舐めあってるような弱者の集会所。そんなところで部長になっても時間を無駄にするだけ。ずっといたら腐るのがわかってた。でも、指導者が入ってから空気が入れ替わったのがわかった。ゴミ山からワープリの部屋に変わってた。だから来た」
「とんだ言い草ね……! 確かにあんたの言う通り、強くなれる環境じゃなかったわ──でも、この環境にするために蘭香と一緒にあたし達は色々手を使っていた! 惨状を知っていながら逃げ出して、掃除が終って綺麗になってからのこのこ戻って来てデカイ顔する人間が部長になれるわけが無いでしょ! ……そもそもこの状況にできたのは蘭香の親戚ってコネがあったから! 同じようにあんたが金剛紫の娘ってコネがあればもっと早く改善できた可能性を考えてないの!?」
苦労を体験してきた重い言葉、俺の心にもズシリとダメージが来る。プロコーチ試験に失敗して心が折れていた日々、親戚付き合いも碌に出来なくなって蘭香達の状況が全くわかっていなかった。もっと早く力を貸せていたかもしれないと言うのに……。
俺のことは置いといても八重さんの言葉には納得しかない、ずっと支えてきたのは紛れもなく蘭香だろう、セイラと南京さんは特に頷いてる。
二人は自分達が蘭香を部長だと認めているのを改めて認識したような表情だ。
「ん? その経験がワープリを強くしたわけじゃないでしょ? ゴミ掃除が終った後の部屋で求められるのは結果でしょ? そんな苦労話で誰かを認めさせることはできないでしょ」
白華は結果主義──それは身に染みてわかってる。投資したくなるような可能性を見出してもらえなければ排除される。
むしろ、苦労するぐらいなら手放した方がいいと考えているレベルだろう。
ワープリ部が形になるために努力した蘭香だから部長に相応しい。
勝利という結果を求めるなら強者である葵さんが部長に相応しい。
そういう話になっている。
「葵さんの言うことは間違っていないが、部長を決める話になると間違っている。どれだけ信用できるかが今の白華には重要だ。白華は一度活動停止に陥っている。強さと結果にこだわりすぎて道を間違えたと俺は思ってる。だからこそ、信用信頼できる者が部長になるべきだ」
「ん? そんなんでいいの? 勝つためには実力も才能もある子を優先させるのが普通だよ、その背中に日とは勝手についてくる。今まで指導してくれたプロのコーチはそうだった。皆私に媚を売ってきた、私一人入れば勝てるんだから当然だよね」
「……曲げる気は無いのか?」
そもそもの問題として会話が通じてない可能性がある。
葵さんは強さで勝つことで全部を手にしてきた、子供の頃から染み付いた日常──止められる者もいなかった。
「ん? 何を? 逆に何で私に従わないの? だって私の言ってること正しいから。私を自由に動かして、他の皆は適当にサポートするだけで勝ててた。弱い人を部長にしていいの? 泥を塗るよ? 人は優勝や一位って結果にしか興味無いよ?」
いつかの俺達が鏡のように映っている──
強い自分が絶対に正しい。
勝利こそが絶対的な価値を持つ。
弱者の意見に意味は無い。
俺が嫌で抜け出した方針、心情が彼女の心を占めているのが伝わってくる厳しい言葉だ。
「ダメだな、その戦略は認められない。昔は通用したかもしれないが今は通用しないだろう。小学生時代で時が止まっている。高校世代になると戦い方は明らかに違ってくる」
「ん~? ……三年やってなくてもその子には勝てたのに……何かもう面倒になってきた……あ、そっか──上下関係。はっきりさせればいいんだ? 前みたいに──」
獲物を見つけた獣のような殺気の込められた視線がまっすぐ俺に向けられて、噛み付かれたかのように深々と突き刺さる。
「こんなの入れない方がいいでしょ? 不和を生むだけね」
吐き捨てるような拒絶の言葉を放つ八重さん。
もうこいつとは仲良くできない、敵だと認識している。
「八重さん、そういう言葉は使うものじゃない。ワープリは誰にとっても平等であるべきだ。どんな人とも手を取り合ってプレイできる──それがあるから世界でプレイされているんだ。彼女が増長してしまったのは俺達大人のせいだ、歪んだ指導を受けて手を取り共に戦うことを教えなかった大人だ。だから、ちゃんと指導するのもコーチの仕事だ」
「ん? 私が間違ってるって言うの? 才能ある人のご機嫌とって戦わせるのがコーチの仕事でしょ? お兄さんと違ってプロの人がそうしていたんだよ? チームとして結果も出していたんだから正しいでしょ?」
もう、腹を括るしかない。ここが一つの分水嶺だ──
俺の言葉が正しとしてもそこに厚みも重さも無い。立場に見合うような実績が何も無いから。
それを補うにはたった一つ。
強さが絶対的な指標、まるで野生のルールで生きているような子だ。向こうのルールで勝ちこっちの世界で生きれるように教育するしかない。
「ちょっと違うな、その子がなりたい理想の姿を後押しするのがコーチだ。だから、葵さんにもおせっかいをかけなきゃいけない。今以上に良くなるし強くなる姿が俺には見えてる。でも、このまま言葉を重ねたって平行線だ。なら、バトルするしかないな」
「ん、その言葉待ってた」
「コーチ!? やめてください、私でも全然本気出させていないんです、もっと強い人です! コーチでも勝てるのかわかりません!」
蘭香の悲痛な叫びが届く。
どうやら、冷静に葵さんの強さを分析できているようで何よりだ。手も足もでなくて悔しさで一杯かもしれないがそれは上を目指すためには必要な肥料になる。
その肥料を葵さんにも与える必要がある。
「君にとっても強い人から指導を受けるのが納得できるんじゃないか?」
「んふふ、いいよ──私が勝ったらここは私の自由にさせてもらうから」
「負けたらちゃんと指導に従ってもらうし、色々言う事を聞いてもらうからな?」
「ん、いいよ。何でも言う事聞いてあげる」
「コーチッ……!」
葵さんは自分の勝利した未来が見えきってる。そんなご機嫌な顔だ──
蘭香は最悪の未来が想像してしまったのか、不安で満ちた顔だ──
「三本先取でやろう。それなら文句のつけようがないだろう?」
「ん、話が速くて助かる。言い訳されるのは嫌いだから」
こうして俺対葵さんのバトルが決定した。
皆の不安気な表情が俺の背に注がれながらフィールドから離れていく。
どうやら、実力という面では信頼がまるで足りてないらしい。まぁ、ちゃんとしたバトルは見せてなかった気がするから仕方ないと言えば仕方ないが……。
「立てる、蘭香……?」
「うん……大丈夫──」
蘭香がフィールドから出るとき、顔が俯きあまりにも表情が落ち込んでいるので、思わず口が開いてしまった。
「どうした蘭香? そんな暗い顔をして? 廃部危機に困っていた時に匹敵しているぞ?」
「……私が強かったらこんなことになっていないと思ったら申し訳なくて……」
「全く……白華の部長がそんな顔をしてどうする? 蘭香、世界は広い──! 全国進もうと思ったら葵さんクラスなんてゴロゴロいる! 負ける度にそんな顔をするのか? これは自分が成長できるチャンスだと受け入れるんだ」
「コーチ……!」
少しはマシな顔になってくれたかな?
こんなことで挫けるのは余りにも気が早すぎる。
「負けて悔しいと思えているならいい。握り拳も作れている、歯を食いしばれているならこれ以上は何も言わない。後は俺が皆にとって立派な教材になるだけだ──蘭香、スレイプニルを借りるぞ」
「──え? あ、はい。どうぞ」
こいつは元々俺の相棒、それを蘭香に託した。
久々に握っても手に馴染む、人生の大半はこいつと過ごしていたようなものだからな。
銃口、シリンダー、グリップ、どれも問題ない。
「ちゃんと毎日整備しているようでなにより。じゃあ見逃すなよ? 蘭香には俺を超えてもらわないといけないからな」
「えっ──!?」
思えば葵さんの襲来は嬉しい誤算かもしれない。
実力差がかけ離れた戦いは資料になりにくい。優れた技術で倒したとしても、そんなことする必要無い無駄な動きにしかならない浮いた見せたがりにしかならないのだから。
全力を出しても、難しい手札を披露しても、ワープリの流れとして評価してもらえるのだから。
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