表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

徒歩15分

作者: せっきー

営業職とエンジニア職の合同で行われた新入社員研修の最終日。退勤の打刻を終え、最寄りとされる駅まで15分間の小旅行。昼間に降っていた俄雨(にわかあめ)はひとまず上がり、立ち並ぶ高層ビルや電信柱の間には、薄暗くも辛うじて青い空が覗かせていた。


約3週間の研修では、楽しい思い出と辛い思い出の両者が混在していた。特に終盤はメンタルを崩壊させ、確実に自分は周囲から見れば関わりたくない人間と化したことだろう。


とにかくこの空間から出たい。その一心で建物から出ると、他の研修班のメンバーが待ち合わせをしているようだった。だけど僕には関係ない。他の班に仲のいい人なんていない、なんなら同じ班にだって心の底から仲良くなれた人なんていない。その場の雰囲気と義務感で一時的な同情感情を持たれたって、どうせ明日になれば僕のことは「不運にも同じ班になってしまった面倒くさい奴」という記憶に刷り換えられるのだから。


しかしなぜかその場では、僕もその班の一員だったことに誇りを持っていた。こんなものはただの自惚れだと分かっていても、最後にみんなの声を聞きたいと思ってしまった。



研修センター目の前のバス停を横目に、ひとり歩道を歩く。少ししてファストフード店の前を通ろうとしたとき、数分前まで聞いていた声が後ろから近づいてきた。僅かに歩く速度を落として、彼らの後ろに付いた。しょっちゅう僕を弄ってきた営業職の者たちだ。散々弄ってきたくせに、追い抜くときに僕の存在にすら気付かないなんて信じられない。「それだけ話しかけやすいからだよ」なんて言い訳をされたって、君たちより2年長く生きている僕にそんな戯れ言が通用するとでも思っていたのか。


かと思っていると、第二グループがやってきた。こちらは営業職とエンジニア職が混在しているらしい。チームワークが重要だと叩き込まれ、実際のところ僕をおもちゃのターゲットにするという団結力は確実にあった。この集団の中の数人は僕に気付き「お疲れさま」と声をかけてくれた人もいた。そうなればさすがの僕でもちゃんと返事はする。自分の中では疲れきった口角を精一杯上げ「お疲れ」と返す。しかしそれも、鉄道の上を渡る橋梁直前の赤信号で不覚にも視界に入ってしまい、仕方なく声をかけただけなのかもしれない。それでも嬉しかったことに変わりはなかったが、それ以上に申し訳なさが勝った。


青信号になり歩き出すと、次のグループが追い付いた。こちらは特に恐れていた団体で、研修班で希少な二人の女性を含む営業職の集団だった。研修がスタートした頃、僕が研修班に馴染み入るきっかけとなったのは彼らのおかげでもある。しかしながら反面、僕を最初におもちゃのように扱い始めたのも彼らだった。日頃の弄りにうんざりし精神を病むと、今度は心配している振りをしながらも本心は明確に顔に現れていた。そして最終盤には、僕と話すときよりも他の人と話しているときの方が楽しそうだという態度を見せ始め、きっと翌日以降に僕の連絡先をブロックするのは彼らが最初だと見込んだ。もちろん楽しかったこともあるし、始まりの縁はずっと大切にしたいけれど、時にそれは叶わぬ願いであることも僕は経験値として分かっていた。


高速道路の下の交差点を抜け、ここからは駅に続く道幅の狭い歩道区間である。またしてもここで後ろから黒ずくめの集団が接近する。ここは研修を通してある程度は仲の良かったメンバーである。しかし道幅の狭さと帰宅ラッシュに相まって話す時間などなく、僕は何もできないまま彼らの後ろに付くしかなかった。もう後ろからは同士が来る気配はない。きっとここが最後なのだろう。


駅に近づくほどに、人の数が増えていく。少しずつ彼らの背中は遠くに流されていき、僕は完全に距離を空けられてしまった。まるでプラットホームから最終列車を見送るかのような心情で、僕は彼らの背中が位置するであろう方向を見ていた。


駅ビルの入り口で、少しだけ歩道の道幅が広くなる。そこには、これまで僕と同じ部屋で研修を続けていた仲間たちが何かを語り合っていた。だけど、その二十人余りの談笑の輪に、僕が入り込むスペースは残されていなかった。




誰一人として欠けてはならないと勝手に思い込んでいた。だけど本当はそうじゃない。


僕だけは居なくなるべきだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ