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田舎は終わりました

作者: ハルマチ

 世界は衰退しました。と言うには、やや語弊がある。世界的に人口がどんどん減少したのだ。

 日本では地方の田舎は廃れ、東京を中心とした"皇都"、京都大阪奈良兵庫を中心にした"京都"、山口と北九州を中心にした"州都"、通称"三都"が主な居住地・商工業に発展した。北海道も他三都と同じくらい人口が居るが、範囲が広く未だ原風景が残る場所が多い。

 三都と北海道の間は、旅客機や高速道路、高速鉄道が整備されている為、行き来の手段には事欠かないようになっている。

 廃れた地方都市・田舎は、風化し倒壊した家もある廃墟ばかりで、街は緑に覆われ道路は割れて野生動物の住処となっている。

 ただし、そんな場所になっても、都市から逃げ出した犯罪者などが潜伏するのには十分な場所であり、政府としては悩みの種だった。

 そこで政府が打ち出したのは、昔に人が住んでいた場所を人海戦術を持って見回り、犯罪者が逃げ隠れするのを防ぐという物だった。人口が減少した今、この策は正直に言って愚策だ言われる。

 それは当時の人々も同じで、反対が多数あるなか、簡単な業務内容で雇用者を生み出せるとごり押し、採用されてしまった。



 だけど、そんな愚策のお陰で、関わる人に「無能。」と言われ続けた私は、無職を脱し給料を貰って生活できているのだから、私はバカにできない。

 無職者が減るのは間違いではなかったが、人口が減ったのもまた間違いではなく、日本全国を一度に見回れるほどの人は集まっておらず、期間を決めて地方を順番に巡るという手段を取っている。

 現在、私が見回っているのは、旧岩手県・県南方面の集落。悪路の中、ひと月分の食料・飲料水・雑用水を積んだワゴン車を走らせて、予定していた集落を回っている。独りで。

 最低人数である二人一組で始めたのだが、見回りを始めてから一週間も経たずに相方の若い女性が蒸発した。物理的に蒸発したのではなく、行方が分からなくなったのだ。

 一人に一つ支給されたGPS機の信号もなく、車の無線機から携帯無線連絡機にも反応しない為、車の無線機から本部に連絡をして指示を仰いだところ、独りで業務を続行させられたのだ。捜索に本部から人員が出るし、警察も捜索に加わってもらうとの事。その内、巡回の補充人員も来るかもしれない。

 それで私は業務を再開したのだが、私は慣れた業務だったけど、若い子が辺境の地を巡らせられるなんて、耐えきれない事もあるよね。と相方のケアを怠った自分自身の反省をしたものだ。

 それから数日、今日も見回る予定地を巡る。やや谷になっている土地で、片方の斜面は田圃、もう片方は森の木々を背に家々が立ち並んでいる。私は田圃がある方の丘から、家々のある方を見下ろすように来た。

 犯罪者が潜んでいる危険性があるので、家を見る際はエンジンを止め鍵をするという原則を忠実に守りながら、一軒また一軒と見ていく。

 とりあえず、見える家を見回った。どの家も人が去って長いようで、屋根が沈んでいたり倒壊していた。家の中をのぞいても、片付けて去ったのか綺麗にされて生活感は無くなっていた。見回った中には寺があり、墓が建ち並んでいたが墓石が倒れているのもあった。

 後は森の中か、それとも丘を越えて行くのか確認する為、車に戻り地図が見れる端末を立ち上げる。

 車の無線のお陰で端末には現在地が表示されるので、迷わなくて済む。

 見回った順番を確認しながら辿っていると、見た家の数と表示された家の数が合わないことに気付いた。

 面倒くさがって、地図をいちいち確認せずに見て回ったツケだと反省し、その家のある方に引き返した。

 主要道路だった道をゆっくり走り、その家が見えるはずの所まで来たが、道路からはその家が見えない。地図を見返しても、私の見ている方向に家が見えるはずが、そこは木や草に花ばかりで家の痕跡すらないように見える。

 車を降り、家がある方に歩いてみると、違和感に気付く。木に近づけない。

 後ろを振り返る。けっこう歩いたはずなのに車との距離は離れていない。前を向き直る。また歩く。木には近づけない。立ち止まって後ろを振り向く。車との距離は空いていない。それを繰り返した。

 一時間ほど粘って繰り返していたが状況は変わらず。一度、車に戻ろうかと振り返って思いついた。車の方を見ながら、後ろ歩きで木の方に向かってみるのはどうだろう。

 さっそく試すと、先ほどとは違い、車との距離はどんどん空いていく。やった!と気分がよくなり、ステップのように跳ねながら後ろに進んでいくが、壁にでもぶつかったように背中を打って止まった。

 横目に後ろを窺うと、そこには家がある。距離をとって全貌を見ると、壁面の一部にツタが這っているが、屋根は手入れされているようで色は禿げておらず、倒壊しているわけでもない。

 車の方を向くと車が見える。さっきまで見ていた木や草がない。この不思議な状況に、私の思考は絡まり混乱してきた。

 そんな中、家の玄関らしきところが、がらがらと音を立てる。現在の家では見なくなった引き戸だ。

 そこから、和装に身を包んで下駄をはき、整えていない髪に無精ひげを生やした背の高そうな男性が出てきた。その男性は私を見ると、目を見開き明らかに驚いている。

「ははあ。壁に何かぶつかったような気がして、鹿か猪でも来たかと思っていたが、人とは。珍しい事もあるもんだなあ。」

 男性は下駄をからころと鳴らしながら近づいてくる。

 私はと言うと、木が見えなくて家があって人が住んでいる事にまだ混乱していて、男性の言葉もほとんど理解できない状況になっており、護身用の最終手段である拳銃をホルスターから抜き男性に向かって構えた。

「とっ、ととと、止まってください!手を挙げて!」

 拳銃を向けると、男性はまた目を見開いて立ち止まってくれた。

「おお、拳銃まで持っているとは。警察か?それとも政府機関の者か?」

 男性はなおも落ち着いた声で話しかけており、その落ち着き様に私も落ち着きを取り戻してきた。

「せ、政府機関です。犯罪者や不許可滞在者の有無を見て回っています。貴方は―――。」

「なんじゃ、そんな事か。」

 私が聞き終える前に男性は肩を落とし、私に背を向けて玄関に向かっていく。

「ま、待って!話を……。」

「あー、聞く聞く。それより、あの車はお前さんのかい?もういいから、ここまで持ってきていいよ。」

 男性は車を指さして言ったが、そのまま家の中に入っていってしまった。玄関は開け放たれたままだ。

 私は呆気に取られていたが、拳銃をホルスターに仕舞い、言われたとおりに車の所に戻って家に近づけようとしてみる。

 車の所に戻って家の方を見ると、さっきまでの木が無くなり家が見える。どういう技術なのか分からないが、とりあえず家の前まで移動させた。

 玄関の前に先ほどの男性が待っており、車を興味深そうに見ている。

「車が走っているとは思えないほど静かだけど、どういう原理なんだい?」

「それは、その……機械の原理とか、詳しくなくて知らないです。すみません……。」

 男性はそうかと呟くと、車に近づき、ぐるぐると見て回っている。

「さっ、先ほどは、銃を向けてすみませんでした。」

「あーあー、構わないよ。こんな所で人に会ったら、その対応で間違いじゃあないだろうからねえ。」

 一通り見て回った男性は、そのまま家の中に招き入れてくれた。広い玄関があり、左右に延びる廊下、左に入ってすぐにあるガラス張りの引き戸を男性が開き、客間らしき畳張りの部屋に案内された。部屋の真ん中にはテーブルがあり、壁際にある座布団をテーブルの傍に出されてそこに座った。男性は、テーブルを挟んだところに座椅子があってそこに座る。入って来た引き戸の反対にも引き戸がある。

「登録番号10993102で住居登録されているはずだよ。」

「え!?」

 慌てて無線機とは違う端末を取り出し操作し、言われた番号で検索すると、確かに目の前の男性(髪は整えてあるし無精ひげもない)の写真が記載され、政府の許可が出ている事が分かった。

「前に同じような人が来たのは、だいぶ前の気がするからなあ。知らされていなくても仕方ないさ。」

 男性が落ち着いている反面、私は冷や汗が止まらない。許可があってここに居る人に、拳銃を向けたとあっては始末書で済めばいい話だ。

「さ、先ほどの拳銃を向けたこと、どうか、内緒にしていただけませんか!?」

 私の急な話に、男性は表情を変えず、それどころか笑みを浮かべた。

「大丈夫、大丈夫。そんな話をする相手なんて、私には―――」

「お茶が入りましたよ。」

 男性の言葉を遮り、入って来た方とは反対の引き戸が開き、湯呑とコップをお盆に乗せた女性が入って来た。男性とお揃いなのか、似たような服を着ている。

 ただ、おかしなことに、先ほど見た登録内容に、男性に配偶者はいないと書いてあった。同居人の情報もなかったはず。じゃあ、この女性は?

 男性を見やると、笑顔だけれど汗をかいている。それを見て察することがある。

「おや。初めて見るお客様ですね。初めまして、どうぞお寛ぎください。」

 お盆の物をテーブルに置いていくと、女性はすぐに入って来た引き戸から出て行ってしまった。

「あの、今の女性は?」

 しばらく間を開けてから、男性に尋ねる。

 男性は湯呑を取り、お茶を啜って息を整える。そして、口を開いて言ってきたのは……。

「君のミスを黙っているから、今見た事も黙っていてくれないかな?」

 私と男性の利害は一致し、固い握手を交わした。



 私の知っている車とは中身が違う車を見送り、家の中に戻る。正直、内心の動揺は治まっておらず、今も脈拍が早い。

 客間に戻ると、飲み終えた湯呑をお盆に乗せ、テーブルを拭いてくれている人がいる。

「キリエ、寿命が縮むから急に出てこないでくれ。」

 同居人のキリエ。彷徨った末にうちに住み着いた。家事のあれこれを手伝ってもらっており、とても助かる存在だ。

「女性の声がしたので、またどこぞから拾ってきたのかと。」

 淡々と語るが、雰囲気が刺々しいのを感じる。そして、そう思われても仕方がないことを自分でしているので、強く言い返せない。

「それより、上手く事が運んだようで、何よりですね。」

 そう言うキリエの顔に、ふと笑顔が浮かぶ。この少しの笑顔に私は弱い。

 私はお盆を代わりに持ち、台所の流しに持っていく。私の後ろをキリエがついてくるのが分かる。

「純真そうな人でしたが、どう思われたのでしょうね?」

 湯呑を洗いながら、キリエはくすくすと笑う。

「純真過ぎて、何も考えていなさそうに見えたけどねえ。」

 洗い終えた湯呑を受け取り、布巾で水気を拭きあげ逆さまに籠に置く。

「どうであれ、この生活を続けられるのは幸いですね。」

 そう言うキリエは、また笑顔を受かべる。私は肯定しながら、彼女を抱きしめる。キリエも、おずおずと私の背中に腕を回して……。

 静寂を破るように、どたばたと走る音が近づいてくる。それが聞こえた瞬間、私はキリエに突き飛ばされた。

「ぐえー!」

 油断していた私は思い切り後ろに倒れ、情けない声を出した。

 騒がしい音の主が、扉を開けて台所に入って来た。

「誰か来てたのか!」

 どうして今でどうやって気付いたかは置いておいて、食卓のテーブルとイスでよく見えないが裸に見える女性。同居人のひとり、マユだ。

「服を着てきなさい!」

「あだっ!?」

 キリエが何か投げマユに当たったようだ。その直後、床に木の椀が跳ねるのが見えた。

 マユは「わかったよう。」と弱弱しく返事をして扉を閉じていった。

「まったく……すみません、急に突き飛ばしてしまって。」

 マユが出ていったのを確認してから、キリエが私に寄ってきて謝った。

「大丈夫、いつもの事じゃあないか。」

 私は上体を起こし、キリエに支えられて立ち上がる。

 キリエは隠したがっているが、マユは気付いているだろう。


 こうしてふたりの同居人のお陰で、退屈しない日々を過ごしている。三都にも北海道にも移住しなかったのは私の都合だが、移住しなくて良かったと思っている。

 行政の機嫌で移住をさせられるかもしれないが、いつまでもこうしてここで過ごそうと考えている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 不思議な世界観と興味深い設定で、楽しく読ませて頂きました。 なんだか女子に囲まれて楽しそうな生活……一体どんな関係性なのか、彼らはどうやって知り合ったのかなど、妄想が膨らみました(´ω`*)…
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