Ⅰ-8
門前区との壁際。
そこは国境のように隔てられたところではなかったが、騎士たちがズラリと並べられ、白い壁の間に人間による壁が形成されていた。
足止めを食らったミシュカが騎士と話している。
「申し訳ありませんが、ここは通せません!」
「お母さんがいるの! お願い!」
「……お嬢さん、悪いことは言わない。諦めるんだ。ここは通れない。通らない方が良いんだ」
止めた方が良いだろう。しかし、止めたことが彼女のためになるのだろうか。短い逡巡。
「くっ、ミシュカ……」
イルは呟き、
「エルド」
と魔法を用いた。
「お通りください。お嬢さん」
騎士はそう言うと、わずかに身を動かす。目をぼんやりとさせた騎士は、それ以外黙って何も言わない。
ミシュカはさらに駆けた。
イルもまた追従する。
家々から炎があがり、さらにその炎がまた他の家を焼きつくす。
門前区に昨日までの面影はなく、燃えているか、炭になっているか……それだけだ。
毛長牛……モートや人の形をした何かがそこら中に転がっている。
お母さん、お母さん、お母さん……ミシュカはひとつのことしか考えていない。
炎があがる中、息も絶え絶えに、二人は目的地へと到着した。
「お母さんっ! お母さん!」
炎に包まれるミシュカの家。
おそらく燃えてから少し時間が経っているのであろう。
入り口は炭化し、焼けこげた破片が散乱していた。
見る影もない。
それでも少女は家の中に入っていこうとする。
「やめろ! ミシュカ!」
イルが必死に抑えると、涙を流しながら、彼女は叫ぶ。
「いやっ! いや! お母さん!」
「無理だミシュカ! 足下を!」
言われて、ミシュカは足下に視線を落とす。
そこには『黒い腕』と焦げた霊石のペンダントがあった。
「そんな……そんな……」
時は同じところにとどまりはしない。
しかし、こんな変化を門前区は望んでいなかっただろう。
ミシュカは静かに涙をもらした。それまでの激情が嘘のように、静かに涙を流した。
流れる涙は地に落ちた所から蒸発していく。
熱を放つペンダントは少女の手のひらを焼いたが、構わず、彼女はそれを抱きしめた。
ふと、背後から声が聞こえた。
「全部焼けろ! 何も残るな!」
「王からの命令だ。こんなゴミども何人焼いても薪にすらならない!」
ヒャハハ、と笑い声をあげる軽装鎧の男たち。
「さて、暑くて仕方ねえ。そろそろ帰るか。ん……?」
ミシュカは立ち上がると、彼らに怒声をあげた。
「何を……何故こんなことを!」
軽装鎧の男たちは、たいまつをふらふらさせながらニヤつき、イルたちを見た。
「おっとゴミが二つ残っていたか」
ヒゲ面でだるまの様な男に対し、怒りのまま声を荒げるミシュカ。
「門前区と! 城下区の! 併合じゃないの! パレードも始まっているのに!」
「ははは! 併合はするさ! 併合はな!」
スキンヘッドが笑いながら答える。
「ただし、貧民のゴミどもは併合されないのさ!」
ヒゲだるまもまた同調した。
「そうだ。これは浄化だ! 新しい町を作るんだよ。教会区、律院区、城下区のためのな!」
ヒゲだるまとスキンヘッドが高笑いをする中、ミシュカはただうつむいている。
「そんな……そんな……」
「貴様らはただの塵芥なのさ。亜人、貧民、みな同じゴミだ」
「許さない……!」
ミシュカの声に重なるようにイルは呟く。
「エルド」
「ヒャーーハッハ! あ?」
ヒゲだるまを見つめ、スキンヘッドは声を出した。
「オメーのヒゲ……めっちゃ燃えそう……焚きつけかよぉ〜オメーのヒゲは……」
スキンヘッドが手に持つたいまつを、ヒゲだるまの顔面に押し付ける。
勢いよく火がつき、ヒゲだるまは火だるまにグレードアップした。
「あつい! いてぇっ! あついてっ!」
スキンヘッドは力のまま、燃えさかる火だるまを殴りつける。
転がりながら二人の軽装鎧にも火がつき、燃えさかるひとつの炎と化した。
「いこう、ミシュカ」
明らかに呼吸が難しくなっている。
廃墟と化す門前区。
人の影もなく、ただ家と人の骸と炎だけが残る。




