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Ⅰ-7

 晩の食卓を囲む。

 手際よく作られた食事、安価でそれでいて丁寧に作られている。

 弐番館は酒場としての機能を取り戻し、多くは無いが騒がしさを感じられるほどに人が入っていた。

 本来であれば、酒場ではなく魔水場、なのであろうが人類にとっては酒も魔水も関係がないようだ。

 魔族の店だからか、魔族の客の姿もある。しかし、多くは人類だ。

 エーディアはさりげなく、魔族のテーブルには魔石を置いている。この魔石には人類の意識をそらす魔法……フリンジアという……が使われているらしい。

 フリンジアはオルトが着ているローブにも使われているもので、具体的には魔力をもつものを魔力をもたない者から隠す魔法だ。意識をそらす程度で、注視されれば無意味なのだが……。

「好き……」

 客が入っていても、フリンジアの魔石とローブがあるため、オルトの存在は気付かれていない。

 最も魔水で酩酊している人類がほとんどだから、やらなくても問題はないかもしれない。

 とはいえ、現世でいうカクテルパーティ効果のような事もあるし、用心にこしたことはない、とイルは考えた。

「騎士団は騎士団長がいなくなってパニックだったなー。今はバルド・ブラッドが指揮しているねー」

 騎士団領の律院区にはビーディアが潜入している。

「…………」

 オルトはうつむいて、虚空を見つめた。

 なにか思うところがあるのだろうか。

「バルド・ブラッド?」とイル。

「騎士団の重鎮だよー。オルトちゃんに譲って一線を引いてたんだけど、また出てきたみたいだねー。聖魔戦争の東部戦線での英雄だよー」

 話によるとバルド・ブラッドは隻眼にオールバックの男。

 対魔族に特化した新技〈ノヴァ・アーツ〉と呼ばれる剣技を用いて聖魔戦争で活躍したという。

「奴がいる限り、王は安泰だわ。あと、シーは教会区に寝泊まりしているわ」

「赤き狼煙の方では、近衛騎士のウィルディアとガラテインという名前が出ていた」

 革命派に接触したことを伝え、イルはエーディアたちに確認を取る。

「近衛騎士、王直属の騎士団。灰滅のウィルディアと仮面のガラテインだわ。彼らのことは私たちもよく知らないけど……ウィルディアが白髪のイケメンで、ガラテインは仮面をつけた偉丈夫」

 近衛騎士はかなりの障害になるだろう。

 だが、それは直接王を狙う場合だ。

「エー、ビーは引き続き情報収集にあたってくれ」

 はいはーい、と言って二人は酒場の仕事に戻っていった。

 身なりの良い男に声をかけられている辺り、二人は魔族の中でもかなり受け入れられている様子だ。

「ある程度、注意すべき人間はわかってきましたね」

 セレンの言葉を受け、イルは脳内で再度確認する。騎士団のバルド・ブラッド、近衛騎士のウィルディア、ガラテイン……王はデューク・エスタトゥア。

 明日はこの辺りの動きに気を付ける必要がある。

 魔水の入ったコップがカラ、という音を立てた。

 カクテルのチャイナブルーのような甘みのある飲み物だ。色も青みを帯びている。

 もちろん、魔水にアルコールは入っていないし、この世界に中国はないので、それとは全く異なるものなのだが……。

「明日は我々もパレードの襲撃に参加する。しかし、あくまでミシュカのサポートだ。我々は積極的には関わらない」

「身を隠しますか?」

「服装はある程度変えたほうが良いだろう。……あとはこれだ」

 イルは店の奥にあった仮面を取り出し、テーブルに置く。

「破顔の面……仮面舞踏会のマスクですか」

 仮面は単純な作りで、白塗りで三つの穴があるだけ。

 ハロウィンに使うような……不気味な笑みを浮かべたシンプルな仮面だ。

「あくまでも明日は王側の戦力をはかるための行動だ。まぁ、考えも無しに制圧出来るならそれでよし、でなくても人数ぐらいは確認できるだろう。それと……」

 せき払いをひとつ。

 ノドにつまったものを出すようにして、イルは言葉を続けた。

「悪いが……俺は格差や人種の違いに対しての怒りは持ち合わせていない。今は、この世界に慣れていないだけかもしれないが」

「好き……」

 セレンは落胆するでも怒りをあらわすでもなく、さも当然といった様子でイルに答える。

「イル様の目的がなんであれ、私はそれに従います。それに」

 またカラン、とコップの氷が音を立てる。

 酒場の喧騒が少しだけ静まった気がした。

「少数の人間の願いというのは、結果に付随するものでしょう」

 そうなのかもしれない。

 結局のところ、目標に向かっていけば、その他の願いもついてくるものなのだ。

 良い学校に行ってほしい、という願いには安定した生活をしてほしいという願いがついてくるように。もちろんそこには私のために、という言葉が隠れているかもしれない。

 どうだっていい。

 あくまで自分自身のために、生きていけば良い。イルはそんなことを考えた。

 夜は更けていく。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 パレードの当日。街には屋台が出て、多くの人々が行き交っていた。

 仮装をしている人間も多く、門前区とはうってかわって人々は外行きの服装に身を包んでいる。

「こうしてみると城下区には魔族がほとんどいないな」

「門前区と城下、教会、律院の三区は全然違うからね。特に城下区には働いてる人以外は亜人は住んでいないと思う」

 屋台にいる何人かや工事に携わる何人かを除けば、人類がほとんどである。

 ミシュカは『赤き狼煙』が用意したのであろう、緑色の綺麗な服をひるがえした。

「楽しそうですね。衣装もよく似合っていますよ、ミシュカ」

「久しぶりに城下区に来たから……嬉しくて」

 ミシュカは王城を見ながら、その足を止めた。そして遠くを見つめた。

 王城を見つめた、というよりは王城のあたりの何もない空を、ただ見つめていた。

「昔住んでたんだ。でも色々あって……」

 少女の『今』に水をさすわけにはいかない。イルはとっさに話を変えた。

 普段はどうあれ、久しぶりの城下区を綺麗な服を着て歩く、という『今』を楽しんでほしい、と思ったから。

「門前区と城下区の併合パレードか……併合されるなら、革命は必要ないんじゃないか」

「どうなんだろう……難しいことはよく、わかんないや」

 それでもやや虚ろにミシュカは返した。

 突然、左腕にくっついたオルトが屋台を指さす。

「あれ……好き……」

 オルトは既にローブを目深く被り、顔の見分けがつかないように、ほとんどイルの背に隠れながら言った。

 む、と反応して、セレンは言葉をつなげる。

「ジェノーチェですね。空気含有量を少なくして粘度を高めた氷菓子です。エルフの薬を作る方法からヒントを得たと言われています。東方エルフの森ではバ・バヘーラと言われてます」

 ジェラートみたいなものだろうか。『ひとつニビル』と記載されている。

 一ビルは一金貨のことで、ビル自体がクライテリアでの通貨を表す。

 十銅貨で一銀貨、十銀貨で一金貨なので……

「うちの前で売ってるモート焼き串が二十本買える……」

 わけである。

 イルは四人分のジェノーチェを購入した。

「ありがとねぇ」

 と老年の女性がジェノーチェを手渡す。

「嬉しい! ありがとう」

 食べながら、イルたち四人は城下区を歩いた。

 ジェノーチェはねっとりした濃厚な味わいで、果実とミルクの深い味わいが舌に触れた。

 専門店なら十種類から選べますよ! とはセレンの言である。

「この辺りがメインになる通りだね。噴水のある広場。お店もあるし」

 噴水の縁に腰をおろし、広場を眺めた。

 男女や家族、何人かで集まる若者……皆笑っているが、心の底から笑っているわけではないだろう。

 王国中流の人間ですら、城下区では下層に足を突っ込んでいる。

「聖魔戦争時は騎士団が整列していたのでしょう。噴水は馬の水飲み場ですね。騎士団と言いながら馬に乗らない、今の騎士団では必要のない場所ですが」

 戦争当時は騎乗する士で騎士であったが、今は馬に乗るほどの距離を移動するのは商人ぐらいしかいない。

 しかし、今日は明らかに鎧を着た騎士の姿が多い。

 ジェノーチェを買えるぐらいの余裕ある集団を装って正解だった。

「お城から門前区までちょうど半分くらいだし、この辺りかな……」

 空は美しく澄んで、鳥が鳴いている。

 暖かい日差しが、辺りを包んでいた。

 仮面をつけたドレスの人間も増え始めた。

 身なりからして帝国の上層部であろうことが伺える。

「昔、お城の近くに住んでた時、門前区との境界のお医者さんによく行ったよ」

 昔のことを思い出すミシュカはやはり、嬉しそうで、どこか悲しい表情になる。

「結構離れたところじゃないか」

「そう。でもすごいお医者さんなの。ブレンさんって言ってね」

 精一杯の微笑みが緑色のドレスに映えて、まるで絵画の一風景のように映った。

 木々からあふれた木漏れ日が、噴水の水面に反射してきらきらと輝く。

 名も知らぬ小鳥が水を浴びては、また空に飛んでいく。

 こんな日々がいつまでも続けば良い……と思った刹那、イルの鼻腔へ嗅ぎ慣れないにおいが届いた。

「焦げたにおい……」

 すぐににおいの元をたどる。目に映ったのはたちのぼる黒煙。

「あれは……?」

 ミシュカも気付いたのであろう。立ち上がり、同じ方向を見つめた。

「えっ!? 門前区の方だよ! 火事!?」

 城下区の壁の先……門前区の方からたちのぼる煙。

「行かなきゃ」

 ミシュカは真剣な表情で呟き、同時に駆け出した。

「ミシュカ! くそっ」

 イルもとっさに立ち上がる。

「革命派に伝えてくれ。ここが襲撃予定場所だと。俺はミシュカを追う」

 セレンにそれだけ伝えてイルは走り出す。

 左腕から離れたオルトが悲しそうに「あっ……」と声をあげた。

「間も無くパレードは始まります。戻って来れても手遅れになるかも知れません」

 焦りの表情を隠しながら、強い声音でセレンが声をあげた。

「わかっている。だが、嫌な予感がする」

 ミシュカの後を追うイル。

 黒い煙が蒼い空に向かってたちのぼる。

 煙が呼んだように、薄暗い雲がわずかに集まり始めた。

 小さな歯ぎしりをもらし、イルは足を早めた。

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