Ⅰ-6
青空がグラデーションを描いて赤色を描き、明かりは段々と少なくなっていく。
ミシュカがスキップしながら、一行の前を進む。
「門前区での生活は大変。でもすさまずにお互い協力してる。金持ちや商人を襲う人は……少ないよ。私はやるけど……」
現世でも犯罪の低年齢化が叫ばれていたな、とイルは思い出す。
結局のところ貧しい若者には選択肢がない。つまり、知識や経験が無いため、それを活かすことが出来ない。結果、強盗や盗みに体が動く。
積み重ねを行動力でカバーするためだ。
門前区はこの有様だ。もっと治安が悪くてもおかしくない、と思ったが……。
「何故だ? まぁそんな金がある人間はこの辺にはいないだろうが……だからこそ、見つけたら狙うだろう」
「リスクが大きいんですね」
よく通る声でセレンが言った。
「そうなの」
ミシュカが答える。
「襲って手に入れた金よりも治療費が高くなったら意味がない。野生動物と同じだよ。みんな怪我したくないんだ」
なるほど。
確かに現世でも盗みを働く人間は、健康保険に加入出来る『まだ救いがある』人間だけだった。
医療福祉の手が届かない人間にとってはささいなことが命取りになる。
「それでも、私たちの生活を助けてくれる人たちがいるの」
公園のような広場。薄暗がりにたき火の灯りが見える。幾人かが集まり、炊き出しが行われていた。
「ここだよ! バンさん!」
「おうミシュカ! まぁ食えよ!」
バンと呼ばれた男は少女に木皿に入った汁物を渡す。
カレーに似たスパイスのきいた香りがあたりに満ちていた。
「あんたらは……いらないかな」
「結構だ。住民にまわしてあげてくれ」
「好き……」
オルトがイルの背後に隠れながら呟く。
やはり人目を気にしているようで、門前区に来た時からあまり顔を見せないようにしているオルト。
先ほど夕食を食べたのに、ミシュカはムシャムシャと汁物をほおばる。
食べながら、少女は
「バンさん、何か仕事ないかな」
とバンの方に顔を向けた。
「なら本部に……だが、こいつらは?」
「旅人さんだよ。観光してるの」
男は作業をしながら、冷たい視線を向ける。
「……王政派か?」
一気に空気がひりついた。
おそらく、彼らは慈善団体ではない。
また、活動がメインになっている活動家でも無いようだ。
まとった雰囲気と目つきは、冷たい怒りをまとっていた。
「特別な政治思想は無いが、まぁ、強いて言うなら苦しむ民の味方だ」
「ミシュカに好かれてるってことは悪いやつじゃないんだろうが……な」
バンは一つ動作を落ち着かせ、思案した。
相変わらず目つきは鋭く、全身から『疑惑』を発している。
ここで革命派への道を閉ざされるわけにはいかない。イルは小声でつぶやいた。
『エルド』
瞬間、魔力のうねりがバンを包んだのが見てとれた。
「!」
それに気付き、セレンは目を大きくさせ、イルを見つめた。
力が抜け、すこしボーッとした様子で、淡々と声を発するバン。
「あぁ……そうか。お前らも手伝ってくれるのか。行こうか」
「そうなの?」とミシュカ。
「もちろん」
不敵に微笑んだ表情を隠すように、イルは答える。
目の色が変わったバンはゆっくりとした足取りで公園のような広場を出ていった。
深い青色の夜空が辺りを包んでいく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
古く汚れた門前区の家々に囲まれて、イルたちは真っ暗な路地を進んでいた。
地下へとつながる階段を降りる途中、オルトが突然足を止めた。
「どうした? オルト」
「嫌い……」
「そうか。じゃ、ここで待っていてくれ」
「好き……」
この世界、クライテリアに来てから風呂とトイレ以外で初めてオルト・リアが左腕から離れた。
「この方たちは?」
足音を聞きつけたのか、地下の扉を開けて男が現れた。
短い白髪、目深に帽子をかぶっている。細い目、白シャツ……一見するとどこにでもいる普通の人物。
だが、彼の持つ雰囲気は辺りの温度を下げるように思えるほど冷たい。
「俺たちの計画を手伝ってくれる人です」
おぼろげながらもしっかりとバンが答えたため、男の冷徹な雰囲気が少しだけやわらいだ。
「そうですか……」
「良い人たちだよ!」
ミシュカの言葉にふむ、と小さくもらした男は言葉を続けた。
「ミシュカを信じましょう。私の信用はまだありませんが、今は贅沢は言っていられません。人手が欲しいところです。迎えいれましょう」
地下室は壁にかけられたろうそく以外灯りはなく、集まった者たちの表情がぼんやりと照らされるだけだった。
人類が大半だが、まばらに魔族も存在していた。
小上がりにバンと細目がのぼり、人々を見つめている。
ざわめきがやがて小さくなり、完全に静寂が訪れた。
まるでライブ前のライブハウスだな、とイルは心の中で笑う。
「みんな聞いてくれ。俺たちはついに計画を実行に移す」
バンが大きく声を出す。
エルドは解けているようだが、双眸はなにを見つめるでもなく、鬼気迫る色を浮かべていた。
「クヴィスリングです。……明日、王のパレードが行われます。城下区と門前区の併合のパレードです。我々はそれを狙います」
「クヴィスさん……ついに」
「クヴィスさん!」
先ほどの細目の男、クヴィスリングが壇上で声を上げた。
それに呼応して、さざなみがひろがるように「やるぞ」といった旨の声が上がった。
「我々はハリボテではない。我々は慈善ではない。我々は非情の集団です。我々は同じ志を持つ集団です。ひとつの考える赤き狼煙です」
熱意のこもった高弁をあげるクヴィスリング。
同時に参加者たちも熱を帯びていく。
赤き狼煙……どうやらお目当てのところにたどり着いたようだ。
イルは自然に上がる口角に力を入れて抑えていく。
「我々は、我々のために、我々の力で、我々の手で、我々の未来を掴み取る」
「そうだ!」
「掴み取る!」
「皆さんが行ってきた活動がついに実を結ぶのです。我々は明日この腐った王政と決別し、賄賂と格差や差別にまみれた国を建て直します」
男がこぶしをあげると、他のものも腕を伸ばした。
しかし、クヴィスリングは一転、落ち着いた声音で計画を話し始めた。
「具体的な計画に移ります。まず、別働隊が城下区を偵察します。この別働隊の核を……ミシュカ、あなたにお願いしたいのです」
「私!?」
視線が一斉に少女に向く。
「身綺麗にすれば、あなたは城下区の人々と差異ありません。きっと溶け込むはず。やってくれますね」
「え……は、はい!」
「ミシュカやれるぞ!」「がんばれ」などの声があがる。
当のミシュカは顔を赤く上気させ、小きざみにふるえていた。
「本体は城下区でパレードの客にまぎれます。門前区と城下区の併合のパレードですから、多少は大丈夫でしょう」
自信あふれる様子で話すクヴィスリング。
そこでふと、会場内に立ち込めるにおいに気付いた。
イルは直感的に、片手で鼻を覆う。
「パレードが城下区の広間に近付いたら、ミシュカさんにパレードを止めてもらいます。よろよろと出てくるだけで構いません。それを機に各々が王を狙ってください」
演説の熱気は段々と高まり、会場内の気温も高まってきたように思える。
「錬金術師の爆破瓶も小数あります。これも使ってください」
独特の雰囲気か、においか、それとも酸素濃度の低下か……イルは少しの酩酊感を覚えた。
セレンに耳打ちする……
「においのもとを探せ」
と。
闇に乗じてセレンはすぐに動いた。
「注意すべきは近衛騎士、ウィルディアとガラテインです。この二人を狙い、爆破瓶を使ってください」
爆破瓶をふらふら、とさせるクヴィスリング。
瓶の軌道がゆらめき、残像が見えた。
赤き狼煙の構成員たちはボーッと一点を見つめ、ぶつぶつと呟いている。
「王を倒せば、そのあとは全員で王城に流れ込みます。堕落の象徴である王城を燃やし尽くすのです」
水面に石を投げた時にできる波のように広がる拍手喝采。
いつの間にかセレンは戻ってきていた。
「未来は皆さんの力にかかっています。必ずや成功させましょう。赤き狼煙がこの国を救う道標になるのです」
大いなる拍手に包まれて、演説は終了した。
イルはミシュカの背を押すようにして会場を後にする。
「あの壇上に立った男が革命派のリーダーか?」
「クヴィスリングさん? とっても良い人だよ。私たちの生活を支えてくれてる。本気でこの国を変えようと思ってるの」
「そうか……」
外の空気は澄んでいて、さっきまでのことが夢幻かのように感じられる。
夜空には美しい星々が輝き、木々のざわめきがかしこで聞こえた。
戻るとすぐに左腕にオルトが巻きついた。すっかりここを定位置に定めたようだ。
「好き……」
「もうすっかり暗くなってしまいました。私たちも一度帰りましょう」
「今日はありがとう、ミシュカ」
そう言うと少女は嬉しそうに微笑み、手を振る。
「ううん、こちらこそ!」
イルはポケットから何か金色に輝くものを取り出した。
「ミシュカ、これを」
「これは……?」
「きっと高価なものだろう。これはお礼だ」
手渡され、ミシュカは目を丸くした。
「ありがとう旅人さん! でもそんな……良いの?」
「気にしないでくれ」
「ありがとう……お母さんにあげよう。きっと喜ぶよ。じゃ!」
足早に駆けていくミシュカ。
彼女が去ると、静けさは一層深まり、不気味な印象さえ受けた。
門前区は明かりが少なく、夜目がきかなければ歩けない。
「いつ手に入れたのですか? あれはシーディスの霊石のペンダント……その辺りにあるものではありませんよ」
「頂いたんだ。革命派のリーダーのポケットからね」
「……なるほど」
セレンはそれ以上何も言わなかった。
「においのもとはどうだった?」
「これです」
セレンの手にはフラスコのようなものがあった。
「何らかの魔草を混ぜたポーションのようなものでしょうか。わかりませんが、おそらくこれを熱し、蒸気を充満させて人々をある種の酩酊状態にさせていたのだと思います」
雲が晴れた夜空を覆う。闇は一層深まり、三人を包んだ。
「きなクサい臭いがする。悪臭だ……血のような」




