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Ⅰ-5

 ミシュカは先導するように門前区の道を歩いた。強い日差しが乾いた土地を焼き付ける。

 幸い、海へ通じる川が近くを流れているため水源には困らないようだ。

「神聖帝国はもともとは三つの国と村に分かれていたんだ。エスタトゥア王国、マリートヴァ、オラシオン、セルヴィス村。この四つが、エスタトゥア王国を中心に一つになったの」

 水のあるところに国家は生まれる……それはこの世界でも変わらないようだ。

 日差しを受けて思うと、イルの着ている黒いコートは外気温に比べて暑くならない。特殊な繊維が使われているのかもしれない。

「今いるのは元セルヴィス村……今は門前区と呼ばれているね」

 村の名残りだろう。通りから離れた場所では牧畜の風景が見える。

 薄汚れた通りには毛長牛……モートというらしい……が木陰で寝ていた。

「ここから……中央に進むと城下区。右が元マリートヴァの教会区、左がオラシオンだった律院区なんだ」

 ミシュカは一つずつ指差しながら、説明する。

 表情は生き生きとしている。知らない者になにかを教えるのが好きなのだろう。

「複数の元国家が一つになったから帝国となのっているの」

 風がミシュカのボロボロのワンピースを揺らした。

 同じように風を受けて、乱れた髪に手を入れるセレン。

「想像より広大だな。一朝一夕では難しそうだ」

「え?」

「いや……」

 帝国の規模は広く、また複雑だ。それぞれの持つ歴史観も異なるだろう。

 同じ方法では支配することはできない。やはり革命だけでは……。

「とにかく門前区では生活が厳しそうだ」

「現王……デューク・エスタトゥアの政治はお世辞にも良いとは言えません。上流階級で金が巡り、その他の人間から巻き上げる形ですからね」

 歩きながらどこか他人ごとのように呟くセレン。

「嫌い……」とオルト。

「巻き上げる、というと?」

「それぞれの区では税の納め先が異なります。律院区なら騎士団、教会区なら聖白教会、城下区・門前区なら王家です。配置が変わっただけで、王国だった時とあまり変わっていないということですね」

「なるほど。門前区も城下区と同じ額の徴税を受けているということか」

 門前区は見捨てられた土地……セレンの言葉を思い出す。

 おそらくここは発展も何も期待されていない。

 道路の端には死体なのか生きているのかわからない老人が横になっていた。

「でもきっと大丈夫だよ! 明日は門前区と城下区の併合があるの! パレードだってあるんだよ!」

「……併合?」

「そう! 門前区の人たちもちゃんと城下区と同じあつかいをされるってこと! 王は素晴らしいよね!」

「そうだったのか。良かったな」

 ありえないことだ。

 しかし、わからない。

 王が収賄政治だけでなく、民の方を向く可能性もある。もしくは革命派の活動が功を奏したか……。

 この国の闇が抱えるものが見えない今は何を考えても無駄だ。この世界の闇は単純な魔族と人類のいさかいだけではない。

 イルは傾いた日を見つめながら、ため息を吐く。

 小型の羽の生えた蛇が、太陽に向かっていくのが見えた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お母さん! 旅人を連れてきたよ」

「あぁ、ミシュカ……おかえり」

 ミシュカに誘われて、彼女の家で食事を頂くことになった。

 門前区の汚れた家は古く、木々で出来た壁はカビ様のものや、虫食いが至る所に見てとれた。

「これは……」

 見えたのはミシュカの母の腕。

 汚れではない黒い何かがまとわりつくように、両腕を覆っている。

「お母さんは病気なの。だから私が頑張って治してあげるの。すぐに城下のブレン先生に見てもらうんだ」

 少女の顔は希望にあふれている。

「ご飯作るね!」

 立ち上がると台所の方に向かった。

「旅人の皆さん、ミシュカがご迷惑をおかけしたのでしょう。申し訳ありません。ですが、私たちはもう、どうすることもできず……」

「良いんです。強盗に会うよりマシですから」

「申し訳ありません。私たちはきっと、この世界に合わなかった。教会のいう生来の『不合理』です。しかし、どうにか生きていれば必ず『理』がやってくると信じています」

「聖白教ですか」

 セレンは母親の顔を見て、優しく問いかけた。一方、オルトは始終、顔を隠すようにイルの背に隠れている。

「教会の使徒様たちは門前区でも炊き出しをしてくれます。そして、本当に困っている人や病気になっている人を教会に連れて行ってくれるのです。きっとミシュカに頼らずとも、次の集会で、私も教会に連れて行ってもらえるでしょう」

 慈善活動を行う集団もいるようだ。

 あながち、帝国も悪いことばかりではないのかもしれない。

「ほらほら、湿っぽいのはおしまい! 食べよ」

 出てきた料理は乾いた黄色の果実と、ナンのような焼いたパンの中に肉が詰まった食べ物。

 果実の方はルクマと言うらしい。繊維質の果肉は甘いパンのような味わいである。

「よし、じゃ! 行こうか! 私たちのことを助けてくれる人たちの、集まりがあるの」

 食べ終わり、皿を洗ってから……イルは二人に感謝を述べた。

「ありがとうございました」

「いってらっしゃい、旅人さん」

 母親はどこか気品のある微笑みを浮かべた。

 窓から差し込む陽は、赤く輝いており、美しい光が彼女の顔を照らした。

 なにか聖歌が似合うような……そんな印象を受けた。

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