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Ⅰ-4

 宿屋兼酒場『弐番館』はエーディアたちによって片付けられ、床はむしろ血によって綺麗になった様にも見えた。

 丸テーブルに朝食が並べられている。

「好き……」

 相変わらずオルトはイルの左腕にくっついていた。

「イル様、どうなさるご予定ですか?」

「まずは帝国を見てみたいな。それで……」

 イルは少しだけ思考したが、すぐに夢の中の言葉を思い出した。

 魔王レラシエが言った言葉……

『……この帝国には脆弱性がある。例えば革命派。この国の暗部である巨大な格差を是正しようとしている人間たち』

 が脳裏に過ぎる。

「革命派に接触する」

「革命派ですか」

 料理を並べながらエーディアが答える。

 朝食は彼女の手料理で、安価ながらも工夫された……北欧のヒュスマンスコスト、いわゆる家庭料理に似ていた。

「それなら『赤き狼煙』があるわ。貧困格差撤廃のために動いている集団。過激なこともやっているわね」

「よし、そこに接触しよう」

「『赤き狼煙』は貧民街のいくつかに拠点があるゲリラ集団。私にも正確な拠点はわからないわ」

「であれば、門前区を見てまわりましょう。きっと接触のツテがあります」

 イルはこの世界に来てからまだこの『弐番館』しか知らない。

 しかし情報としては土地のことを教えてもらっていた。

 帝国は主として三つの区域に別れている。現在いるのは城下区。ここから北にあるのが律院区、南には教会区がある。

「エーディアはここに残ってこの辺り、特に王政府の動向を探ってほしい」

 エーディアは動かない方がいいだろう、とイルは考えた。

 昨晩の討伐騎士団の動きといい、不審に思った騎士団や政府側が店に訪れるとも限らない。

「ビーは騎士団。シーは教会の辺りだな」

「「はーい」」

 それぞれの区域で情報を集めれば、それだけ全体の把握が容易になる。

 動き出しは早ければ早いほどいい。

「本来、帝政を敷いているなら君主である王の一族をどうにかするのが手っ取り早いが、近付くのは難しいだろう。なら赤き狼煙を使い、民の力で変えさせれば良い」

「そう簡単に行くでしょうか」

 セレンの言葉ももっともだ。

 しかし、本来の狙いはそこでは無かった。

「それで落ちるなら良い。でなくてもこの国の戦力を確認する必要がある。セレンもわからないだろ?」

「……ええ。出来ないことは無いと思いますが、戦力の程度を完全に知ることは難しいかと思います」

「私たちが革命派と協力して、みんなバーンとしちゃえば良いんじゃないのー?」

「ビー、私たちにそんな力ないなの」

 大きな戦争が終わって二十五年の世界だ。

 暴力が解決の本質になることは十分考えられる。しかし、地盤が固まっていなければ、権力を手に入れたあとももろいもの。

「今後のことを考えると闇雲に国力を削ぐのは得策じゃない。理想は権力をそのまま譲ってもらう形だが、そんなことは出来ないだろう。この国にも、裏の社会はあるだろう?」

「もちろんあるわ」

「ではそこから根回しする事が必要だな。その辺りはエーディアたちの方がうまくいくだろう」

「まかせてなの。ワニのおじさんたちに聞いておくの」

「そうだねー! 犬のおじさんたちにも聞いてみよう」

 なんのことかさっぱりわからなかったが、イルは一人、心の中で呟いた。

 ……申し訳ないが、革命派には死んでもらうかたちになるだろう。

 とにかく世間には民の怒りを見せる必要がある。そしてそれに対して政府はどう動くのか、また、人々はどう反応するのかも知っておく必要がある。

「行こうか」

「好き……」

「オルトちゃんはローブを着て顔を隠した方がいいわ。この子、一応有名人だから」

 オルトに白いローブを着せるエーディア。

 魔族の紋様が入っており、他人からの意識をそらす軽い魔法が使われているようだ。しかし、人類でも着用できるあたり、効果はそれほど高くないのだろう。

 弐番館のドアを開けると、喧騒が耳と目の両方で感じられた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


「ここが門前区か……魔族が目立つな」

 犬のような顔に全身が同じ色の毛に覆われた獣人、獣耳だけのもの、ツノあるもの……中には衰えた羽だけをもつものもある。

「人類は亜人と呼んでいます。神聖帝国は獣人が主です。人類とは区別されていて、魔力を持つものが亜人、魔力を持たないものが人類です。私も……」

 人類のいう亜人とは『人類以外の人型生物の総称』である。

 ここでは大体、五分五分の割合で魔族と人類が共存している。

 共存せざるを得ないのだ。先ほどまでいた城下区と比べると明らかに生活水準が低い。

「君は……エルフみたいなものか?」

「そうですね。エルフはこの辺りには多くありません。我々は人類とあまり変わりませんので、こうして世俗に隠れて住んでいます」

 セレンの耳はとがって長く、それは黒髪に隠れて見ることは少ない。

 意識してみなければ、彼らは魔族とわからない様子だった。

「神聖帝国は旧魔族領に近いので、比較的亜人が多いです。無論、戦禍も一番被害を受けたので、貧者も多いですね」

 対して北の方の国々……諸王国連合は今も昔も人類の土地であり、移り住んだ魔族も排除される傾向が強いようだ。

 イルたちは門前区のメインとなる大きな道を進んでいく。

 物を売る人々の姿があるが、やはりその身なりはボロボロで全体的に活気が無かった。

「神聖帝国自体は聖魔戦争終了後帝政が敷かれ、二十五年程度しか経っていません。ですが、現帝国君主のエスタトゥア王家はかなり昔からこの地に根付いていた様です。そのため王家に対しては国民も不満は少ない様に思えます」

 生活に対して不満が出ないのは、彼らが生まれてから戦禍に遭い続けてきたためだ。

 問題が起こらず『生きている』だけで一定の平穏を感じている。

 一方で戦争を経験していないエーディアたちのような若者は、生活を向上させるために城下区で働き、裏の道であっても生きようともがいている……イルにも段々とこの世界の性質が見えてきた。

 木で出来た露店の上に並ぶ、よくわからない焼いた肉を購入する。弐番館の一品料理の四十分の一の値段。

「!」

 金銭を払い、謎の串料理を受け取る。

 同時に、左腕についたオルトが何かに反応するように顔を上げた。

 そして動物のように一点を見つめた。

 イルは気にせず歩みを続ける。

「不満が少ないにしては門前区は荒れすぎているな」

「その通りです、イル様。他の区域にも貧民街はありますが、門前区は特に貧民街との境目が曖昧ですね。見捨てられた土地です。ここは騎士団による自治も甘くなっています。ですから」

 刹那、ボロ服の少女がイルに近寄り、コートの中に手を入れた。

 同時に、オルト・リアは少女を後ろ手にしばりあげる。銀貨が地面に落下する前に、セレンがそれを拾い上げた。

「痛い! 痛い痛い!」

「このようにスリや泥棒なども多く存在します」

「金ならそのままくれてやれ」

 オルトはイルの言葉に目を丸くし、何も言わずに少女を放した。

「好き……」

 そしてまたいつものように左腕の『定位置』にもどった。

「いたた……折れるかと思った」

「小さなお嬢さん、この辺を案内できるかな」

 少女は「へへ」と言いながらしっかりと銀貨を握りしめる。

「うん、良いよ。あなたたち旅人?」

「まぁそんなところだ」

「私、ミシュカ。門前区で暮らしてる。来てよ!」

 ミシュカは満面の笑みを浮かべた。屈託のない笑顔にはまだ『純』な表情が見える。

 すぐそばで毛長牛がボホーという特徴的な声をあげていた。

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