Ⅰ-2
二度と開くことはないように思えたバーのドアを開けて、入ってきたのは三人の少女たち……いずれも異形のツノが頭部から生えている。
「あーあー、すごいことになってるわ」
真っ先に口を開いたのは、金髪で一番背の高い少女。
長い髪、耳の上辺りにとがったツノが伸びている。
「これは掃除が大変だねー」
続いたのは赤い髪の少女。
肩までの赤髪で、額から一本ヅノが少しだけ生えている。
快活な様子で、転がった誰かの右腕をつかみあげた。
「血は重曹で落ちる、なの」
気だるそうにあくびをしながら、長い水色の髪の少女が言った。
背丈は最も小さく、羊のような特徴的なツノを生やしている。
「錬金術師から買わなきゃいけないわー重曹」
金髪とがりツノの少女が死体をまたいでバーカウンターの奥に向かう。
「終わったかなー?」
「終わりました。ありがとうございます」
一本ヅノの少女に対して、セレンが答えた。
拾った右腕を放り投げながら、一本ヅノはオルトに視線を移す。
「新しいのが増えてるねー」
「これは騎士団長のオルト・リアだわ。髪の色が変わってるし、なんか人柄? も変わってるけど……」
「返り血がすごいの。きっとこの娘がヤったの」
「好き……」
オルトは照れたように、イルに頭を預けた。
「はじめまして、お嬢さん方。イルです」
すかさず少年は頭を下げながら、右腕を水平に伸ばす。
「イケメンだねー」
「この方が我々魔族の新しい主、イル様です。我々の新たな希望です」
おー、と言いながら金髪二本ヅノが微笑む。
「私はエーディア。この飲み屋兼旅宿『弐番館』の店主をやってるわ。魔族。この角、見ればわかると思うけど……」
エーディアは自身のとがったツノを指先で触れた。
「私、ビーディア! 三姉妹の真ん中! よろしくねー」
快活そうな赤髪、ビーディアはイルの腕をつかみ、ぶんぶんと上下させた。
その振動に合わせて、オルト・リアが微妙に上下する。
「シーディアなの。末っ子なの。よろしくなの」
シーディアと名乗った巻きツノ水色髪は、手をひらひらと振って、また一つあくびをした。
バーカウンターの奥で作業をしながらエーディアは、振り返る。
「ともかく、何か飲み物を出すわ。どうせ魔水しかないわー。と言っても、魔水は私たちにとってただの果汁飲料だけど」
「魔水?」とイル。
「錬金術師たちの作るお酒ってあるよねー。あれと似てるんだー!」
「魔力のこもった飲み物。魔力は人類にとって毒に近いから、摂取すると酩酊状態を起こすわ」
「当然、魔力を持つ魔族にはただのポーションやジュースでしかないなの」
次々にテーブルに並べられる魔水。
いつの間にか、死体はどこかに片付けられていた。魔法のたぐいかもしれない。
「さて、じゃ、乾杯」
イルは『対女性』の微笑みを浮かべる。
それは仕事で身に付いた自然な動きだった。初めての女性客に対して笑顔を見せないのは、とんでもない自身家か策略家のどちらかだ。
「とにかくこの角には驚いたな」
「まぁ……そうだよねー……」
ビーディアは笑ってはいたが、その目にはやや悲哀ともとれる感情が映っていた。
「美しい」
「え?」
大仰に立ち上がると、イルは舞台役者さながらの動きで、三人の魔族少女たちを讃えた。
相変わらず、左腕にはオルトがくっついていたが。
「君たちには人類にはない美がある。それは本当に素晴らしいことだよ」
そしてシーディアの羊様のツノに触れる。
「シーディアなんて、この黄金比を描く角……人類にはこの角がないなんてかわいそうだね」
横目で見ていたエーディアはやや照れた様子を隠しながら、言葉を返す。
「お世辞がお上手ですわね」
「世辞なんかじゃない。本当に美しいよ」
人は自己承認欲求を抱えており、大小あれど、その欲求が満たされると心の壁が一つ減る。
それは劣等感を抱えているものであればあるほど良く、イルはそこを刺激した。
人も魔族も感情の動きは変わらない様だった。
であれば、数えることの出来ないほどの人と関わってきた記憶があれば、目の前の少女たちの心を開かせるのは造作もないことだった。
「君たちは本当の姉妹じゃないね」
「「「!!」」」
「身のこなし……血や惨状を見ても驚かない……戦争孤児じゃないかな」
その言葉にエーディアは心酔した様子で応える。
「はい……」
「辛かったね。きっとお互いしか信頼出来なかったはずだ」
自己承認欲求を満たされた上、さらに『共感』を得ると、人は相手に自己を見出すようになる。
この人はわかってくれる。私と同じなのかもしれない、という具合に。
その点、イル自身も恵まれた生活をしていたわけではなかったから、共感はあながち嘘ではなかった。
そして、心を開いたエーディアはゆっくりと自身のことを語り始めた。
「……私たちはここよりも北で生まれたわ。」
彼女たちが生まれたのは聖魔戦争終結から何年か経った後だった。
「魔族の残党狩りで、隠れ住んでいた土地を追われた……戦争から十年以上もたっていたのに」
エーディアたちはそれぞれ別の村で生まれたが、それぞれが『魔族の残党狩り』に遭い、村を焼かれた。今から十年ほど前から魔族狩りは激化し、特に北の方の国では酷い有様であったらしい。エーディアは幼いビーディア、シーディアと出会い、三人で隠れ住むようにしてここまで来たという。
「大丈夫だ。もう心配はいらない。自分を隠す必要は無いんだ」
イルはやはり優しく、しかしどこか物憂げな表情を浮かべ、三人を見つめた。
「どういうこと……?」
「俺に従ってくれ。俺がこの世界を変える。そのために君たちには働いて欲しいんだ」
「はい……」
魔王の力だろうか。
やや強引に思える提案にも、エーディアは二つ返事で応えた。
いや、拠り所を必要としていたのは事実だろう。特に、エーディアは母役として、よりかかるものが無かったからだ。
孤立して生きていくことは、餓えることよりも辛い。
その事はイル自身が一番わかっていた。
「魔族、いや、全ての人が苦しまず、平等に生きることが出来る世界を作るために。まずはこの国を手に入れる」
三人の少女は抱きしめ合って泣いていた。
ただ、イルだけは左の口角をあげて、虚空を見つめ笑っていた。




