プロローグ
クルージングボートを照らす月明かり。
ボートの上には二つの影があった。
「俺はどこで間違えちゃったんだろうな……」
「お前は間違えてなんかいないよ。ただ、目立ちすぎただけだ」
二人の男だ。
運転する男と寝転ぶ男。
両者とも夜に溶けるような黒いスーツで、海の上を走るボートと比べると異質に映る。
寝転ぶ男は両手両足を縛られており、太い紐の先端はコンクリートらしき塊につながっている。
「杉谷さん、違うよ。人生のどこで間違えたのかってこと」
「恵まれない家庭で生まれたやつなんて、裏の世界にはいっぱいいるだろ。でも、ま、私もその一人か」
沈黙が流れる。
寝転ぶ男はため息にも似た呼吸をひとつ吐き、笑った。
「杉谷さんには本当お世話になりっぱなしだよ。あの闇の世界から救いあげてくれた」
「悪いな。救った先も闇だったわ」
「はは、そうだったな」
陸地を離れてどれくらいたっただろう。
短かった気もするし、長かった気もする。
寝転ぶ男は、自分の人生と重ねる。
短かった気もするし、長かった気もする。
「さて、そろそろだ」
突如、ボートは停止した。
瞬く星を見ながら、運転していた男は白い息を吐いた。
「悪いな、イル。私もきっとすぐにそっちに行くと思う」
「闇から闇か……」
寝転ぶ男はつぶやいた。一筋の流星が流れた、気がした。
「星がキレイだ」
クルージングボートの後部のロックが外れ、排水用の扉が開いた。支えがなくなり、塊は深海に落ちていく。
人を沈めるには真冬の海がいいらしい。
すぐ凍死することになるし、死体の腐敗が遅れてガスが溜まりにくくなり、浮き上がりにくくなる。
そんなことを考えながら男は沈んでいった。
涙はすぐに海と混ざり、思いは酸素と共に海上を目指し、ゆらめく星の瞬きと共に消えていった。
静かな海に差す、スポットライトのような月明かり。




