98 概して妖は、神出鬼没なもの
妖の館に住む棟梁、月隠の白君、お館様と呼ばれる大妖怪が、ミリッサを待つという。
もう一つ、ミリッサにとり憑いた蛇。
話題の開始点は、この二点に尽きる。
妖怪流なのか、ランの言葉遣いがいつになくきつい。
女性っぽい言葉が消えている。
そのお館様とやらに叱られ、ランなりに追いこまれているのかもしれない。
お館様と呼ばれる妖怪が、人間の男、ミリッサに会いたい理由。
これをランは話してくれなかった。
お館様が話すべきことだから。
私が先走って話してしまうべきことではないから、と。
それによくわからないから。
蛇の方は少しだけ話しても構わないと思う。
ミリッサには蛇の妖がとり憑いてる。
いや、いた。
いつもではないが、学校であれ、競馬場であれ、帰りの電車の中であれ、ミリッサの背中にいて、肩から顔を覗かせていた。
「不思議だ」
「不思議なんてもんじゃないぞ! 気味が悪い」
「気味が悪いって、言っていられることが不思議」
「どういう意味だ?」
「蛇にとり憑かれた人間が正気を保ってることが」
「おい!」
「普通、その人間の害になるはず。なのに、ミリッサは何事もなく過ごしている」
「オマエ、その蛇とやら、ずっと見ていたのか?」
「そう」
「みんなにも見えているのか?」
「まさか」
「オマエが妖怪だからか? 見えてるのは」
「もちろん」
「ん! まさか、今もか?」
「今はいない」
「昨日は?」
「昨日もいなかった」
「ちょい待ち。あいだみちで俺を襲った蛇ってのは、それか?」
さあ、私は見てないから、とランははぐらかす。
「そうなんだろ。でも、とてつもなくでかい蛇だったぞ」
「でかいかどうかは、その時々で、気分で変わる。私も小さな黒猫にもなれるし、熊ほどのヤマネコにもなれる」
「そうか……」
「まあ、お館様は、そこらへんも調べたいのだと思う。蛇についても」
「お館様ねえ。誰なんだ? なんの妖怪なんだ?」
「それも、自分の目で見て確かめること」
「きっと、恐ろしいやつなんだろうな」
「なぜ、そう決めつける?」
「いや、失言。きっと立派なお方なんだろうな」
「立派かどうか、は別にして、とても大きな力を持っておられるという意味では恐ろしいお方。でも、妖界を統べる存在として、理知的でお優しいお方でもある」
要領を得ないが、それで十分だ。
それほど大きな存在に会い、内容はわからないが、畏れ多くもお言葉を掛けていただけるというわけだ。
こうなればもうやけくそだ。
とんでもないことに巻き込まれ、逃げようとしても逃げ切れるものでもない。
最近いつも思うこと。
嘆息しても始まらない。
行きつくところまで行くまで。
「ちょっと話を戻すが、疑問はある」
と、ラン。
「蛇は襲ってきた。しかし、襲いながらも様子見、という感じだったのか?」
「その通り。あれだけでかい蛇だ。中年男がヘロヘロになって逃げて、逃げ切れるんだからな」
「そして、祠の屋根のぐるぐる飛びか……」
「あれは、なんだ? あれもまた妖怪の仕業か?」
「うーん。それはそうなんだろうが」
「はっきり言え」
「じゃ、言う。というか、ある出来事がきっかけで、今回のことに繋がった」
「意味が分からん。全然、はっきりしとらん!」
「紅焔山授業の一週間前視察。あのとき、ミリッサは沢で声を聴いた。あれを、なんと聞いた?」
などと言い出す。
正直に言うと、忘れた。
「こうじゃないか?」
「ん?」
「ここは渡るな。逆だ。違う。渡るな、みたいな」
そうだったかもしれない。
「あれは、蛇が言ったこと、ではないか」
「その、俺の背中にいる蛇か?」
「さあ、その時は思いつかなかった。でも、今はそうだったと思っている」
「あいだみちで俺を追いかけてきた蛇。あれか? あいつがそこまでついて来ていて……」
「ミリッサ、話をはしょらない」
ランは、別のことを話したいのか、関心がそこにないのか、
「概して妖は、神出鬼没なもの」
とだけ言って、蛇に関する話は後回し。
「あの時、ミリッサが妖の声を聞くことができることがわかって、私はひとつ決断した」
ひとつ。
このことをお館様にお伝えよう。お館様は何らかの指示を出してくださるだろう。
ふたつ。
私が妖だと、ミリッサに伝えよう。
そして……。




