97 だから、人間はだめ
ミリッサは四杯目のビールを注文した。
小エビとマシュルームのアヒージョも。
このところ、飲みすぎだ。
それにしても、と思う。
首からぶら下げたお守りをいじりながら。
なぜ、あいつ、俺のことがそんなに気になるのか。
こんなものまでくれて。
逆か。
俺が気にしているのか。
今朝、お昼になろうかという時間に、ランから連絡が入った。
お詫びに、ミリッサのお昼を作ろうかなって。
はっきり断った。
学生を部屋に入れるなど。
これまでもそう言ってくる学生はいるにはいた。
しかし、それは常に単にそう言って講師に好意を持っていると勘違いさせたいだけ。
しかしランは、もうマンションの玄関まで来ているという。
そして、こう言った。
ミリッサに会いたがっている人が、ますます会いたいって。
だから、その打ち合わせに。
一昨日は打合せなしに行ったから失敗したし。
もう、お昼ごはんの準備もしてきたし。
それから、渡したいものもあるし。
では、マンションのロビーで会おう、と言っても、ランはかたくなだった。
ミリッサのご飯を作る!
折れた。
仕方がない。
それに、やはりまだ、自分に会いたいと言っている人のことも気になった。
ランの作る食事とは、レトルトのサワラの味噌漬けとむかごご飯だったが、これが滅法旨かった。
むかごご飯。初めての味。
そもそも、シリアルに牛乳を掛けるだけという朝食しか摂らないミリッサにとって、昼飯はどんなものでも美味しい。しかし、今日は格別。
食卓兼ミーティング机の六人用テーブルに向かい合って座り、ランの顔を眺めながらの食事。
小柄で丸顔のこの娘が、どうして一瞬にして猫になるんだ?
体の組織はいったいどうなっているんだ?
と問うと、ランはぶっきらぼうともいえる笑顔を見せて、こう言った。
だから、人間はだめ。
自分の尺度でしか判断しようとしない。
事実をそのまま受け入れることをせず、理屈を探そうとする。
人間が持つ科学で説明できることだけが正しく、それ以外の事象は受け付けない。
何とか理由を見つけようとばかりして、理由が見つからないと、現実から目を背けてしまう。
それが論理的、なんて思ってる。
説明なんてできなくていい。
私は私で、妖は妖で、猫は猫で、それぞれ現実として目の前にある。
そこに、理屈をひねくり回したって、人間には分かりっこないし、妖の方でも確たるものはなにもない。
ただ、現実として存在しているという事実があるのみ。
それでいいじゃない?
確かにそうかもしれない。
一昨日の出来事は自分が体験した現実だ。
それが現実である以上、科学的根拠とか、あの空間が、妖怪が、猫やヘビやサルがそこに存在している理由など、どうでもいいことかもしれない。
科学や論理、理屈で説明できずとも、ただ、それはそこにある、と思えばいいだけのこと。
というような話を織り交ぜながら、昼食は和気あいあいと進んだ。
もう今日は、ランは泣いたりしない。
後は、二人並んで仲良く洗い物。
腕が触れ合う。
さあ、打ち合わせしよう。
ランがソファーに座った。
「そこはだめ。ここで」
とダイニングに座り直すように言う。
こっちの方が猫にはいい感じなんだけど、と言いながらランもまた真向かいに座り直す。
実は、とランが話した内容は、これまた奇妙な話だった。




