95 ひとりジョッキの中年男の回想
翌、土曜日。
ゆっくり寝たもののミリッサの体力は完全回復には程遠かった。
昨日、あれから大学に戻り、学部長はじめ本部の幹部連中に事情を説明して回ったのだった。守衛にも礼を言った。
結局、事の成り行きはこうしてある。
裏山行の授業の視察として先週、ランと行ったときに、ランが落し物をした。
女性向けの小型一眼レフ。
それに気づいたのが一週間後の昨日だった。
その時には夕刻になっていて、一人で取りに行かせるわけにもいかない。
そこで、ミリッサが取りに行ったのだと。
放課後、たまたま、鍵の掛かっていなかったドアを通って行ったが、それを知らぬ守衛が鍵をかけてしまった。
増水した沢に足を滑らせ、電話を濡らしてしまった。
ランのカメラは巨岩の脇で見つかった。幸い、雨に濡れていない。
だが、そこで白骨まで見つけてしまった。
電話も使えず、ドアの前で一晩を過ごすはめに。疲れ果て、誰か来るのを待ち続けるしかなかった。
ということに。
なぜ今にも雨が降りそうなのに行ったのか、授業のための視察なのに、なぜ道から外れた岩のところまで行ったのか、一眼レフを落として気が付かないか、フェンスの扉が開いているなんてことがあるのか、そんな辻褄の合わないこともあるが、ごまかすしかない。
警察での供述に含まれないこともあるし、食い違う部分もあるが、これもごまかすしかない。
疲れた体を引きずるようにしてミリッサは梅田に出ていた。
仕事の打ち合わせ。昨日のキャンセルの詫びもそこそこに。
顧客はサラリーマンなので、打合せは夜か土曜日曜の方が元々都合がいいという。
申しわけないです。土曜でお休みのところ。
と、逆にすまなさがってくれるが、勤め人でないミリッサに休日という概念はない。
グランフロントのカフェテリア。
梅田スカイビルの向こうに落ちる夕日がきれいなスポット。
人通りは多いし、車の騒音もする。
しかし、ミリッサはこの店が好きだった。
たいした理由はない。
客にとってはミリッサの自宅兼事務所より足の便がいいし、ミリッサにとっては部屋の片付けから始めなくていい。
レンタルオフィスやホテルの喫茶で打合せするより、カジュアルで、人に紛れた感もいい。
打合せが終わり、食事でも、という客の誘いを断って、ミリッサはひとり、ここで飲み直そうという気になった。
ビールとから揚げを追加注文し、物思いにふけった。
考えること、心に去来することがたくさんある。
つらつら考えても、すっきり見えてくるものがあるとは思えなかったが、少しは整理しておきたい。
ひとりジョッキの中年男に目を向けてくる者はいない。
勤め帰りの人は誰もが急ぎ足で、JRや阪急や地下鉄の駅へと向かう。
若者たちや二人連れは、ゆっくりと彼らの目的地へと歩いていく。
ランめ。
と、口から出たが、腹がたっていたわけではない。
むしろ、猫の妖怪って、どんな暮らしをしているのだろう、などと思いを巡らせた。
昨夕、ファミレスでミリッサと同じ串カツ定食を注文したラン。
串を持て遊びながら、涙ながらに語ってくれた話。
大岩の向こうでミリッサが頭を出すのを待っていたという。
二、三分して、いくらなんでも遅い、と反対側から岩を登ってみたとき、もうミリッサはいなかった。
打ち捨てられた提灯の火は消え、何事かが起きたことを物語っていたという。




