83 あいだみち
庭の小径、という表現は正しくはなかった。
いつしか、山中である。
しかも、かなり深い渓谷沿いの径。
土は湿り気を帯び、うっそうと茂る木々の下は背丈を優に超えるクマザサが視界を遮っている。
見上げると、星々が瞬き、かろうじてここが異次元などではないことを示していた。
いや、仮想現実の世界か。
そんなはずはない。直接入り込めるそんな技術はまだ存在しない。
径は草々に埋もれ、消え入りそうなほど頼りないが、それでもしっかり踏み固められてあるようで、歩きにくくはない。
静かだ。
夜だから、だろうか。
鳥の声はおろか、虫の羽音も、葉擦れの音さえもない。
聞こえるのは、己の靴音と息づかいのみ。
前を行くランの足音さえ聞こえない。
顔にかかるクマザサを払い除けつつ歩くこと、十分ほど。
少しだけ視界の開けたところに出た。
三叉路のようだ。
「ここまで来れば一安心」
「安心、って、どこが?」
「ごめん。強引すぎた? ちょっとだけ説明するね」
間径。
あいだみち、なのだという。
妖怪が使う抜け道。
先ほどの一軒家のように、日本中にその出入口はあるという。
「梅田阪急の近くにあるのはあそこだけ。でも、阪神間だけでも百はあるよ。日本全国となればそれこそ何万もある」
ちなみに、とランが笑った。
「学校の近くにもあるし、京都競馬場の近くにだってある」
時々、遅刻しそうになった時に使うのだという。
「いつもあいている口もあるし、さっきみたいに鍵のかかってる口もある」
「へええっ。世の中、知らないこと、あるもんだな」
ミリッサは笑った。
全く恐怖感はなかった。
恐怖感のないことが不思議だった。
と、ランがしゃがみこんだ。
見ると、その足元、小さな平石が三叉路に接するように据わっていた。
その上に白い小皿。
ランは、さっき買ったおはぎを二つ置いた。
むっ!
唐突に笹薮の中から、にゅっと黒い手が突き出され、おはぎを掴むやいなや引き込められた。
一瞬の出来事だった。
さすがに、背筋がわなないた。
ランは何食わぬ顔で立ち上がると、さらに解説しようとしてくれる。
「ここはね。なんていうのかな。ま、簡単に言うと、妖が作り出した特殊な道」
人間が住む世界と違って妖が住む世界がある。
一か所だけ。
狭くはないけど、広くもない。
それこそ山もあるし畑もある。海もあるし川もある。
でも、いわゆる開発とか、されてないわけ。
延々と続く森、とかね。
境界っていう概念もないのよね。
困るでしょ、迷ってしまって。
「だから、あいだみちっていう妖が便宜を図ってくれている。一時的に道を作って見せてくれる。さっきのおはぎは、そのお礼」
なんとも妙な話になってきたものだ。
「普通、妖は誰でも、お礼さえ持参していれば通れる。別におはぎとかじゃなくてもいい。妖の世界で通じるお金でもね。実際は何でもいいの。お礼という形であればね。距離に応じてたくさんしなくちゃいけないけど」
「あれか。貝殻とか」
「それ、いつの話? 石器時代じゃあるまいし。お金といったら、ちゃんとしたお札とコイン」
「そんなものがあるのか」
「今度、見せてあげる」
「それはそれは。でも、妖怪じゃないオレはどうなる? お金ももちろん持ってないぞ」
「心配なし」
「オマエと一緒だから?」
「それもあるけど、ミリッサは特別な人だから」
うむ?
特別な人?
どこかで聞いたような台詞。
そうだ。
ハルニナだ。いや、メイメイだったか。
あれだ。
PH。
パーフェクト・ヒューマン。
「それって」
「私が何も知らないと思ってる?」
「いや」
「じゃ、そこんところは仲間内で話し合ってもらうとして、私は私の仕事を」
「仕事?」
「今からね」




