72 思い出のリアルさ
翌木曜日の昼休み、部活。
ハルニナの言ったとおり、フウカは推理を止めることを一笑に付した。
理由は同じ。
学生だからこそ、競馬サークルだからこそ、やり遂げなくては。
ミリッサは部活を途中退席して、授業準備室に向かった。
いつも使う教室とは別の建物の四階にあるせいで、日常的に顔を出すところではない。
行くとすれば、緊急のカラーコピーをするようなときだけだ。
助手と事務員合わせて六人ほどが在籍している。
そこには仲のよい職員もいるにはいるし、よもやま話をすることもある。
しかし、今日の用事は、ノーウェの噂について聞き出すこと。
先日来聞くノーウェの噂、人となりにどうしても違和感があった。
自分の耳で直接聞いておきたかった。
学食からは空中廊下伝いに行くことができる。
予報通り、雨が降っていた。
午後から雨脚は強まる。
空中廊下は、屋根はあるがいわば吹きさらし。
床には濡れた落ち葉が散乱し滑りやすいが、六甲の自然のすがすがしい香りが運ばれてきていた。
授業準備室には誰もいなかった。
午後の授業開始までさほど時間はないが、待つことにした。
受付カウンター代わりの書類収納庫の上には、学生向けのお知らせやパンフレットに並んで、数年前からの卒業アルバムが立ててある。
その一冊を手に取った。
授業風景や行楽の写真。
文化祭や体育祭、学内での暮らしを切り取った写真。
そして卒業式や謝恩会の記念写真など。
ミリッサ自身も写っている。
ページをめくっていくと、ノーウェやジーオ、そしてハルニナも写っている。
そうだ。
これがアンジェリナ。
こんな風に、ノーウェ、ジーオ、アンジェリナはいつも一緒に授業を受けていた。
三人並んで。ヒロインはノーウェ。あとの二人はその付き人のように。
ノーウェはどの写真にも輝くような笑顔。派手めな服装に、美しく切り揃えられた髪。
ジーオはといえば、活発そうな雰囲気を発散させ、ノーウェとは好対照ながら人に好かれる顔つきをしている。
対するアンジェリナは、と見れば、おとなしそうな控えめな笑顔を見せている。
そう。こんな感じの学生だったな、と記憶の扉が開いて、いくつかのシーンが蘇ってきた。
そのひとつ。
ある日、学食で三人が食事をしている中にミリッサが割り込み参加した時。
もちろん三人は喜んでくれたが、もっとも気が利くのはアンジェリナだな、と思った時のこと。
さりげなく醤油瓶の位置を動かし、食事中にふさわしい話題、つまり野菜のことを話しだしたり。
こんなこともあった。
授業中、ミリッサがふざけて、人に好かれる指の動かし方を話していた時、率先してそれを実践してみせてくれたのもアンジェリナだった。
提出された課題のプリントの隅っこに、先生、いつもありがとう、の文字と小さなハートマークが書かれてあったりした。
思い出すごとに、アンジェリナの存在のリアルさが増していく。
輝くノーウェの後ろに隠れて、薄くなりがちだった印象に彩度が増していく。
「あら」
と、事務員の一人、この部屋の主ともいえるガリ(雅李)が戻ってきた。




