69 喋る喋る よほど腹が立ってるみたい
「いろいろ聞き出せた。あの二人、パートの職員。ノーウェのこともよく知ってた」
大川沿いにある北浜に近いカフェテリア。
川面に突き出たテラス席に座を取ったハルニナの髪を、川面を渡る風が揺らしている。
対岸の中の島を歩くカップルたち。
夕焼けがハルニナの髪を、まつ毛をきれいな色に染めていた。
「ビールにするか」
「いいですね!」
自分のことを聞き出すのは後だ。
きっと長くなる。
まずはノーウェの調査のこと。
「で、さっきのパートさん、どう言ってた? こっちの方は、あのツータックめ、なにも得るものなし」
「でしょうね。あの二人、面白いよ。最初は胡散臭がられたけど、代わる代わる、喋る喋る。よほど腹が立ってるみたい。まずは、ツータックのことから聞いたのよ」
ツータック。
四十一歳、既婚で子は無し。
会社では課長ということになっているが、決してできる男ではない。
むしろ、実際は主任クラスがせいぜい。課長の肩書は何かの間違いに違いない。
自分に何の力も能力もないことを知っているのか、進んではどんな仕事もしようとしない。
すべて部下に押し付けて、自分は監督しているつもり。
方針を示すわけでもなく、解決案を示すわけでもなく、作業の目標さえ明確にしない。
どうせ、すべてのことにおいて自信ってものがないんだろ。
そのくせ、偉そうに振舞うのは、いよいよ自分に自信がないから。
必死なのよ。
部下に白い目で見られることのないように、上司に叱責されることがないように。
ああいう男には引っかかりたくないよね。
部署、変わりたいな。
だめだめ、どうせ、どこに移っても一緒一緒。
ここは、腐った組織。
「てな感じ」
「わかる気がする」
「そうそう。受付であいつの名前を出したとき、受付の女性、びっくりした顔してたね。あんな男に客が? それも大学の先生が? という顔」
「そうだったか」
「ミリッサ、観察力、鍛えてね。特に女性相手の時は。きれいな人だなってことしか見てなかったでしょ」
「そこ、突くか?」
「女子大で教えてるから、自己抑制を利かせてる。それはわかるよ。でもそのせいで、見えてないことも多いでしょ」
「なんの話だ」
「だからあ、この間の私の」
「ちょい待ち。その話は後でゆっくりしよう。俺も聞きたいこと、話したいことがたんまりある。でも、先にさっきの話を片付けよう」
「だよね。了解」
二人のパート職員は、さほど問われるまでもなく、ノーウェの話を織り交ぜてくれる。
いつの間にか、ツータックはあいつ呼ばわりだ。
嫌われたものだ。
あいつはさあ、プレコネ組。
プレコネ組の中で最低階級よね。
四十回ってまだ、ただの課長。
プレコネ組って?
財団だけで通用する隠語かな。
エグゼクティブ、プレミアムなコネ。
経済界、官界、政界の超お偉いさんの息子や娘を財団が、まあいわば、買い漁ってるのよ。
大学二年になる前には、そういう人には触手を伸ばす。
四年生になると同時に確保、って感じ。
ま、本人が希望する希望しないにかかわらずね。
上層部は役人の天下りが占めているし、新入生も半分以上がコネ入社。
コネの度合いによって、出世スピードも全然違う。
そりゃ、組織も腐るよね。
ツータック?
あいつは、あ、いや、さすがにやめとこう。
別に秘密じゃないけど。
やっぱり言ってしまおうか。
日本国民なら知らない人はいない、超大御所女性歌手の一人息子。
出身大学は、、、忘れた。
それでね。
あいつ、ただのでくの坊のお坊ちゃんのくせに、ノーウェに惚れてたんだよ。
ちょっと色目を使われて、もう、メロメロ。
情けない。
あんなの本気じゃないことくらい、わからないかな。
それに、曲がりなりにも上司だよ。
部下に恋しちゃいけない法律はないけど、組織の長たるもの、その辺はきちんとけじめをつけてくれなきゃね。
士気の低下は誰のせい? あいつのせいだよ。
ここでやっと、ハルニナはまともなことを聞いた。
「それって、いわゆる不倫ってことですか?」
もちろん、ノーウェが結婚してからのことであるという前提でだ。
それにも、二人はすらすらと答えてくれた。
ノーウェが結婚した時、あいつは披露宴に招待されなかった。
直属の上司なのに。
あれほど心を寄せていたのに、あるいは相思相愛だと信じさせられていたのに。
だから、不倫ってことにはならないわね。
単に振られただけ。
そうそう、あんた、あいつと二人で飲みに行ったことあるでしょ。
ひどいこと言うね。あれは三人で行くはずのところを、あんたがドタキャンしたからでしょ。
へへ、そうだった? いいじゃない、その時のことをこの人に話してあげたら?
そうねえ。
ビール一杯で酔ってしまい、おいしいワインどころじゃなくなったツータックは、こう言ったという。
ノーウェの野郎、いつか痛い目にあわせてやるからな。
だよね。
部下の女の子を食事に誘っておいて、別の部下の女の子のことを、悪しざまに、普通、言う?
恥ずかしくない? 上司として、男として。
つくづく嫌なやつ。
というより、とことん情けない男。
ハルニナはもう十分だと、財団のことを聞いた。
女性たちを冷静モードに戻さなければ。
しかし、女性たちの怒りを増幅させてしまう結果になった。




