63 あんな巨大な蛇、普通、気づくよ
メイメイに引きずられるようにして、ミリッサは阪急、JR、阪神電車の駅も通り過ぎ、小さな神社の境内に入った。
始めて来る小さな神社だった。
狭い割に、木々がうっそうと茂り、鎮守の杜を形成している。
常緑樹の間に灌木や雑草がびっしり生えていて、都会の中とは思えないほど薄暗く静寂で、外界から隔絶していた。
通り過ぎる者さえなく、子供たちの姿もない。
犬を連れた散歩の人もない。
石のベンチ。
「ここで。じゃ、先生、どうぞ」
「どうぞって」
「ここなら学生も職員もいないよ。キスしても平気」
「おい!」
「ふざけすぎ?」
「当たり前だ」
「あんな練習したから、なんとなくそんな気になって」
「さっさと本題に入れ」
メイメイの話はこうして始まった。
「まず先生が殺されかけた理由。これが一番知りたいでしょ」
犯人はハジカミという人。
老人。競馬のある日はいつもスタンドにいて馬券買ってる。
彼はルアリアン。
勘違いしてたのね。
先生を敵対する相手だって。
「ハジカミ……」
きっと、あいつだ。
競馬場でやたらと目につくやつ。
時々目が合う、不吉な老人。
「あの日、先生は第十二レースでエスコート。出走馬の手綱を持って地下馬道を歩いてた。それが解散となった直後、襲われたのよ」
人の意識を一瞬にして奪う銃、これが使われたのね。
そして、裏通路に引きずり込まれ、首を絞められた。
たまたま私、近くにいた。
駆け付けると、ハジカミは逃げた。
先生は心臓も動いているし呼吸も大丈夫。
でも、急いで意識を回復しなくちゃ。
私、できるのよ。
施術。
ハルニナも来た。
交代して私はハジカミを追いかけた。
捕らえたハジカミをグリーンに引き渡しておいて、再び意識を失ってた先生を競馬場の医務室に運び込んだ。
「というわけ」
「そんなことが……、ありがとう」
「いいえ、私、ハルニナにこってり叱られた。あんたが付いていて何してたんだっ、て」
「付いて?」
「それは後で話すよ。それより、地下エリアのこと、聞きたくない?」
「ああ、何もかも聞きたい」
「だよね」
私たちが住んでるあのエリア。
つまり京都競馬場の地下に広がるあそこをコアYDと呼んでる。
夕飯を食べて、温泉につかり、お休みになったあのフロア。
コアYD。
京都競馬場内に十か所、場外の近隣に五か所の出入り口がある。
馬場にも遊園地にもあるし、もちろんスタンド内にもね。
実は、ほとんど使われることのない出入口はもっとあるのね。
先生がハジカミに連れ込まれたのは、そういう出入り口。
地下馬道の壁に、消火栓風のハッチがあって、そこから撃たれ、そこから連れ込まれたのよ。
「ちょっと待って、メイメイ。君の家は確か京阪八幡の辺りじゃなかったか。ハルニナは京橋近くだと聞いたことがある。京阪のガード下で占いの店を開いているとも聞いた。で、そのコアYDってのは? 住んでるのか?」
「ええ、そうよ。基本的にはね」
「うーん、ということは、八幡とか京橋の家ってのは?」
「まあ、カムフラージュってところかな。住所地が京都競馬場の地下っていうわけにもいかないでしょ」
「はあ、なんというか」
妙な話もあったものだ。
京都競馬場の地下に広がるコアYDなるエリアに住んでいる、とは。
いったい、メイメイやハルニナは何者……。
とはいえ、気味悪くなったわけではない。
渦巻くものは疑問。
いずれもかわいい大事な教え子。
二人とも、学友と群れない、比較的おとなしめの娘。
彼女たちには彼女たちなりの秘密があるということなのだろう。
そしてそれを、今、打ち明けようとしてくれているというだけのことなのか。
では、グリーンは?
ヘッジホッグは?
愚問なのだろう。
いずれも同じPH。
ハジカミはどうなのだ。
「俺は殺されかけた。その状況は分かった。でも、なぜ?」
「ハジカミ爺の勘違い」
「勘違いで済ませられるようなことか?」
「もう大丈夫。誤解は解いたはずから。でも、少しは心配。納得したかどうか、確かめようがないから」
「敵対する相手とは?」
「慌てないで。順に話すから。今日話すのは、ハルニナも了解の上だから、隠し事はしないよ」
「ああ、そうしてくれ」
「先生、最近、というか、ここ二、三年、体調が悪いとか、ない?」
「ないよ」
「無茶苦茶、むしゃくしゃするとか。以前より攻撃的な性格になったな、とか」
「いいや。でも、歳相応にしんどかったり、苛ついたりはするよ。たまに立ち眩みしたりするけど、体質だと思うし」
「ふうん」
「ん?」
「先生、蛇にとり憑かれてた。知ってた?」
「え?」
「でかい蛇に」
「ええっ!」
急に、何を言い出す。
「でしょうね。でも、あんな巨大な蛇、大蛇だよ、普通、気づくよ」
「知らんぞ」
「先生がPHだったら気づくよ。それとも護衛のつもりだった?」
「俺がPH? メイメイ、話をややこしくしようとしてないか?」
「ぜんぜん」
「じゃ、からかってるとか」
「違うって。ハルニナも言ったでしょ。マニフェストしてねって」
「なんだよ、それ」
「だから、それは今から話すね」




