60 まるで静止画のように
監視カメラの動画をジンと共有し、互いに気になったことを交換しようということになった。
三時間分の動画だ。
もう、時刻は遅い。まずは一気に一通り流し見してみよう。
ミリッサは帰宅後、自身の本業である空間デザインの作業に手を付けた。
個人宅のリフォームの仕事である。
気分転換のつもりで。
施主が高齢となり、車椅子頼りが迫ってきたことを機にリフォームを、というわけだ。
もともと、この住宅はミリッサが二十五年程前に設計したものである。
当時は、ご夫婦と子供たち三人、そして高齢の両親が同居ということで、多くの個室が必要だった。その間取りに苦心したものだが、今回はその個室の壁を取り払い、夫婦二人の機能的な大空間に生まれ変わらせるというプラン。
当時から想定してあったので、間取りの変更案は難なくまとまり、あとはインテリア、そして水回りの更新の方向性検討ということになる。
施主とは旧知の仲。着工予定は来年春ごろを目途に。まだ、検討時間は十分にある。
近々、打合せの予定だが、もう骨子はできている。
ミリッサは、次回の打合せ用図面に手を入れてから、警備員がくれた動画の再生に取り掛かった。
動画の画面には時刻が秒単位で挿入されていた。
午前十時零分零秒から開始。
カメラはエレベータ前の天井近くに設置してあるのだろう。
ジンが言ったように、廊下が映し出されている。
視野は、エレベーター前から、階段の登り口、下り口を経由して奥の突き当りまで。
左側にはいくつかのドア。ポツンと小窓があってほのかに明るい。右側には壁が続いて、何らかの掲示物が二枚貼られてあるだけ。
廊下はその先、二十メートルほどで突き当り、右に折れている。
あの日、ミリッサはこの手前を通りかかった。
エレベーターを出て右に向かい、スタッフオンリーである左方には目をやらなかったと思う。
背後から聞こえたあの小さな悲鳴がノーウェのものだったとすれば、エレベーターを降りたとき、もし左側に目をやっておれば、ノーウェと目があったかもしれない。
あるいは、事故のその瞬間を目の当たりにしたかもしれない。
実際、その後の刑事の事情聴取は執拗だった。
事故当時、最も近くにいたのがミリッサだったのだろう。
刑事はそうとは言わなかったが、きっとエレベータ前を映している別の監視カメラに写っていたに違いない。
今見ている動画に写っていなかったことで、命拾いをしたといえるだろう。
動画を見ながら蘇ってきた苦い感情。
あの時、刑事に質問されながら、思ったことがある。
ノーウェは、エレベータを降りた自分の姿を見たのではないか。
つまり声を掛けようと、ありていに言えばケイキちゃんの着ぐるみ姿の自分を見せようとして、体を動かした。
ありえないことではない。
そして、一歩踏みそうとして階段から足を踏み外した。
それが事故の原因……。
そんな想像、思い付き。
どうにも表現のしようもない、申し訳なさというような気持ち。後悔というような気持ち。
心の奥底に封印してあるものが、少し溶けだした。
画面には、なにも起きない。
誰も通らない。
退屈な動画だった。
時折、画面のチラツキなのか、それともダビング時に生じた些細なデータエラーなのか、小さな黒い点や光の筋のようなものが一瞬現れるだけ。
三十分が過ぎて、画面に変化が起きた。
廊下の突き当たり、右側から画面に入って来たのは、あの警備員だった。
こちらに向かって歩いてくる。
階段の位置まで来ると、立ち止まった。
まずは登り階段を見上げた。次に向き直って下り階段を見た。
几帳面な性格なのか、カメラを意識してのことかわからないが、どちらも指差し確認。
もちろん異常はないのだろう。
こちらに向かって、つまりエレベーターの前まで歩いてくる。
途中、立ち止まり振り返ってみて、またここで指差し確認。
そして画面の下に消えた。
再び、まるで静止画のように、何事も起きない時間が続く。
つい、他のことを考えてしまいそうになるが、なんとか注意を画面に向け続けた。
かなり時間が経って、また人が通りかかった。
今度はあの清掃員。
画面の下から現れて、突き当りの方へ歩いていく。
何も落ちていないが、一応、ごみを探すかのように左右に首を振りながら。
突き当りまで行って、引き返してくる。
おっ。
顔を上げて立ち止まった。
画面下から人が現れた。
ミリッサは思わず前のめりになった。
これはルリイアの後ろ姿。
続いてノーウェ。
画面の中央、階段の前で清掃員は立ち止まって、軽く頭を下げた。
ルリイアも立ち止まり、なにか話しかけているようだ。
ノーウェはその横を通り過ぎていく。
清掃員が再び頭を下げた。無表情だ。
ルリイアもすぐにノーウェを追って立ち去った。
そして二人で突き当りを右に折れた。
清掃員は、階段の上と下を見て、何も落ちていなかったのだろう。
画面下に消えた。
何を話していたのか。
ボリュームをマックスにしても、ザーという音だけ。
音声は含まれていない。
いよいよだ。
ここからが本番。
この後、あの事故が起きる。
画面に目を凝らす。
一瞬の変化、動きを見逃してはならない。
画質は、思いのほか、よくない。
コピーのコピーだからだろうか。




