49 ポイントが切り替わり、話は別の線路を
先に見つかったのは清掃員の方だった。
連れているジンをじろじろ見てから、彼女は言った。
「聞きたいことって? 昨日、先生にはあらかた話したよ」
ジンは物おじしない。
「教えてほしいんです。事故前に誰も見かけなかったとお聞きしました。では、何か、落ちていませんでしたか? 紙屑とかじゃないもの」
なるほど、その質問があったか。
だが収穫はなかった。
警備員は三階の警備詰所前で見つかった。
緑色のブレザーを着た競馬場職員と話していた。
警備員とジンが携帯型データチップに映像記録を移している間、ミリッサは競馬場職員と言葉を交わす羽目になった。
あの嫌な男、アサツリである。
「いつもご来場、ありがとうございます」
と、今日はなぜか下手に出てくる。
もしやこいつ、覚えていないのか。
いや、覚えている。
その証拠に、こちらが何も言わないのに、ルリイアのことを話し出した。
「彼女はとてもよく働く優秀な職員でしてね」
と、上司としての口ぶりだ。
「CS推進部に所属していますから、お客様第一。それはそうなんですが、まあ、あれです。働きすぎなんですよ」
と、軽く批判して、賞賛を増幅する効果を狙っている。
いや、もしかすると単に、自分の働きと比べられて迷惑だ、とでも言いたいのかもしれない。
なにか妙だ。
一般客に言うことか?
「若いんですし、いいんじゃないですか」
とりあえず、そう返すと、
「ええ、ええ。彼女は本当に優秀です。信頼していますよ」
と、今度は大げさな言い方で、褒め始めた。
よくわからない男だ。
以前、唐突に失礼なことを言い放った男だ。
何をしでかすか、わかったものじゃないと清掃員から聞いたのは、昨日のこと。
話の途中、どこかでパチンとポイントが切り替わり、話は別の線路を進行し始めるのだろう。
注意しなくては。
ノーウェ事件の調査など、絶対に禁句。
どんな反応を見せるにしろ、好ましい方に向かうはずがない。
しかし、もう気づかれただろうか。
昨日の清掃員との立ち話を見られていたし、今は警備員に何やら頼んでいるのを見られている。
競馬場の映像をコピーするのは違法だ、競馬場法違反だ、などとでまかせを言いだすやもしれない。
まだ、警備員詰所からジンは出てこない。
アサツリもなぜか立ち去ろうとしない。
ジンが調子よく、二階の映像、ゲット! などと言いながら出てこないとも限らない。
とにかくこいつを遠ざけなければ。
が、先を越された。
「先日のイベントで起きた事故のこと、お調べなんですね」
とっさの返答に詰まった。
「警察から協力要請でも?」
痛いところも突いてくる。
「まあ、そんなところです」
と、ごまかすしかない。
まずいぞ、これは。
俺たちはいいが、ルリイアの評価を下げることになっては、申し訳ない。
なにか、いい口実を。
「あの事故で亡くなったのは、私の教え子でしてね。それにサークルの部員でした」
この言葉で察してくれ。
「お気持ち、お察しいたします」
と、まだ下手に出てくる。
が、
「ですが、うちの職員を巻き込まないでほしいのですが」
と来た。
「ルリイアから聞きました。あなた方があの事件を調べておられるのを」
ルリイアが話したのか。
いや、話さざるを得なかったのだろう。
まずいことにならねばよいが。
どう応えたものか。
黙っていると、アサツリはわざとらしい渋面を作って、重々しく聞こえる声音を作った。
「私でよければ、いくらでもお手伝いさせていただきます。ですが、彼女の負担をこれ以上増やさないでいただきたいのです」
なに!
カチンときた。
ふん。
手伝う?
おまえが?
なにをだ。
それに、ルリイアの負担軽減は上司であるお前の仕事。
マネージメントはお前の責任。
自分の無能を棚に上げて格好つけるなよ。
では、聞いてやろう。
「ありがとうございます。ルリイアのことはリーダーに伝えておきます。ところで、あなた、あの事故のあった時、どちらにおられましたか?」
変態上司の顔色が変わった。
「どういう意味ですか?」
「いえ、できることなら、ここの職員さん、委託業者の皆さん、それとお客全員に聞きたいくらいです。ジョッキーや馬主、調教師、厩務員、馬にさえね。事故の真相を知るために」
嫌味が過ぎたのだろう。
アサツリは、顔をひきつらせた。
「それほど、真剣に取り組んでいる、ということをご理解いただきたい」
もういいだろう。
これで、去れ。
ジンよ。
早く出てきてくれ。
俺が止まらなくなる前に。
「それで、どこで何をされていたんです?」
「わ、わ、私は……。そんなこと、覚えているはずがない! あんた、何の権限で!」
とうとう、怒らせてしまった。
「今、あなたはお手伝いをさせていただくとおっしゃった。だからお聞きしたまでのこと。聞き方が悪かったのかもしれません。聞き直します。なにか、あの事故について、ご存じのこと、お感じのことがありましたら、お教えくださいませんか」
「わ、私はなにも関係ない!」
「関係があるとは言ってません。お耳に挟まれたことなど、あれば」
「ない!」
では、失礼します、とも、競馬をお楽しみください、とも言わずにアサツリは逃げるように立ち去った。
やれやれ。
ルリイアよ。すまない。
君の上司を怒らせてしまったよ。




