48 これで、プラマイゼロ
また考えることが増えた。
自分たちの手で解決する。乗り気になったのは、正直に言うと、ミリッサ自身がノーウェのことを好ましく思っていたからともいえる。
そしてもう一つ、警察が再捜査を始めた。それなら大義も立つと考えたからだ。
それなのに、ノーウェの私生活は、決して褒められたものではなかった、というのか。
本当なのか?
また、ノーウェが瞼に浮かんでくる。
素晴らしい美貌で、実際、男心をわしづかみにする魅力を持っていた。
一緒にいるとき、ミリッサ自身、自分の心を意識的にコントロールする必要があったことは確かだ。慎重の上にも慎重に、と。
いろいろなことが思い出される。
授業で、朝のタクシーで、食堂で、大学からの帰り道で。
大学祭でも、謝恩会でも。
休み時間でも。
ほとんど人の通らない、校舎と校舎を繋ぐ四階の連絡通路でたまたま出会ったとき。
ノーウェはこちらの姿を認めると、両腕を大きく広げて駆け寄ってきた。
まさか、ここでハグする気か、と身を固くしたが、ハイタッチしようというのだった。
それでさえ、学校内ではありえないこと。
肝を冷やしたものだ。
ねえねえねえねえ、ねえ、と、何かにつけて話しかけてきたノーウェ。
授業中、じっと見つめてくる癖。
デザインの授業では、俺の顔を見てないで手を動かせ、とよく叱ったものだ。
競馬場でも。
お昼時にはいつも、一緒に食べるといって付きまとわれた。
こんなこともあった。ボーハーバー・ワイでコーヒーカップに一緒に乗ったことがある。
これじゃまるでデートだ、と気おくれしたものだ。二人の間にあるハンドル。力一杯回すのはもっぱらノーウェの方だったが。
そういえば、ハイキングに誘われたこともあった。
六甲山に登って、大学がどう見えるのか、見てみたくて、と。
大学の校舎群の現実的外見と設計者の意図との相違の考察、という学生にとっては面倒で辛気臭い課題を宿題にしたときのことだ。
数人の学生が賛同して参加するという。
六甲山の上から見てみるというアプローチの意外さで、内容は薄くともなんとか課題をクリアしようという作戦。
しかし、面白い発想だと思ったミリッサも参加したのだった。
ハイキングといっても、本格的に山道を登ったわけではない。
ほとんど林道や車道を歩き、そこここで大学が見えたといってははしゃいで写真を撮る。蛇が出たといっては写真を撮り、イノシシ捕獲用の罠があれば、入ってみろと押し付けあい。
帽子に蝶が止まったと言っては喜び、カワセミを見かけては大興奮。
六甲の尾根筋に出ると、そこで終了。
いたるところにある休憩所でサンドイッチやおにぎりをパクついただけのこと。
曲芸飛行の猛禽トンビに、そのサンドイッチが手の中からさらわれたことを繰り返し話しながら、下山はロープウェイで、というお手軽コース。
学生たちは大いに楽しんだようだったし、ミリッサも楽しんだ。
その間、ノーウェは言い出しっぺとしてみんなの世話を焼き、なんと、万一の時のためにと全員分の非常食までリュックの中に入れていたのだった。
もう、断片的にしか記憶にないが、下山後、ロープウェイ駅近くの公園で、おやつと称してその非常食は食べてしまった、と思う。
ノーウェは、ねえねえねえねえ、ねえ、と話題を作ってはみんなに話しかけ、駅で解散となるまで、しっかりホスト役を務めあげた、と思う。
そんな彼女が、男漁りの悪女……?
とてもそんな……。
信じられない……。
そんな心理に気づくはずがないが、ジンが明るい声を出した。
「アイボリー、入部したいんだって。サークルに」
「お、そうか」
「いいかな」
「それはフウカに言わなきゃ」
「言ったよ。でも、ミリッサにも了解取った方がいいのかなって」
「もちろん歓迎だ」
しかし、彼女は競馬場のアルバイトを掛け持ちしている。
「アルバイト、ひとつ、首になったんだって」
「え、クビ? どっちの?」
「イベントの方。会社が廃業したんだって」
「そうなのか……」
「さっそく、ケイキちゃん殺人事件にも加わってもらうよ」
「言ったのか?」
「いけなかった?」
ジンがニッと笑った。
スペーシアとアイボリー。
ジンの中ではこれでプラマイゼロ、なのだろう。




