46 もしかして、お家に帰ってないとか
一夜明け、第一レースのパドック。
ハルニナを除き、全員が集合。
ケイキちゃん殺人事件を解決する、というフウカの檄の元、競馬にも真剣モード。
メインレースは菊花賞。
日本クラシック三冠競走最終戦。
二度の坂越えと三千メートルの長丁場。
「最も強い馬が勝つ」と称される重賞レース。
京都競馬場には多くのファンが詰めかけていた。
もう一人の四年生、スペーシアも第一レースから来ている。
三か月来の復帰だ。
ご無沙汰してすみません。待ってたよ。元気?
などと交わされたが、なぜか、と聞く者はいない。
聞いても答えまい。気分屋なのだ。
しかし、聞かぬも水臭い。
代表する形で、ミリッサは聞いてみた。
「どうしてたんだ?」
もちろん、叱責口調ではない。
「それが……」
言わなくてもいい。
気分がすぐれなくて、というような理由でお茶を濁すのだろう。
違った。
「祖母の介護で、岡山を往復」
と、神経質そうな痩せた顔を緩めた。
「そうだったのか。大変だったんだな。それで、もういいのか?」
「はい。亡くなりましたので」
と、彫刻的な白い顔をもう少し緩める。
「そうか……。それは、ご愁傷様です」
口々に、お悔やみの言葉をスペーシアに差し出したが、その話題はそれきり。
まさか、死因は、とも聞けず、まして自殺かとも聞けず、話は続きようがない。
それに、どことなく、本当かな、というニュアンスが皆の顔にある。
「出て来たよ」
ジンの声に、パドックに集中。
「一番、やっぱりいんじゃないかな」
「でもさ、馬体重、増えすぎじゃない? いくら休み明けって言っても」
「それにもう、すごい発汗だし」
と、たちまち競馬モードに切り替わった。
昨夜、ミリッサは京都競馬場の地下の部屋で、思いのほかぐっすり眠った。
誰かが訪れてくることもなく、危険を感じることもなかった。
目覚めて気付いたが、広めのシングルの部屋だった。
窓がないことで陰気に感じるが、テレビに冷蔵庫、トイレにシャワー、一通りのものは揃っている。
朝食は部屋に運ばれてきた。
ご飯とみそ汁、ウィンナーと卵焼きとキャベツの千切りというレトロな家庭的ニューだった。
昨夜の晩餐は、一体何だったのだろう。
何を食べたのかほとんど思い出せなかった。
最初のスープは、胡椒の効いた野菜のスープだったことは覚えているが、メインがなんだったのか、パンだったのかご飯だったのかさえ思い出せなかった。
浴室のことは覚えている。
食事の後、メイメイに案内されて向かった先は、地下をさらに深く降りていった天井の高いエリア。そこに岩肌がむき出しになった風情ある露天風呂が湯気をあげていたのだった。
露天風呂というより洞窟風呂だな、と言ったことを覚えている。
先客はなかったし、入ってくる客もいなかった。広い浴槽を独り占め。
それにしても、と思う。
今、目の前を周回する馬を見ていると、昨夜のことが嘘のように思えてくる。
「先生、今朝はなんだか、すっきりしてますね。髭、剃ってないけど」
などと、張本人メイメイに言われては。
「もしかして、お家に帰ってないとか」
「さては昨日、素敵なお方と熱々のデートとか」
ランやジンにはからかわれ、ギクリとしたが。
レースは順調に進み、第四レースまで進んだ。
パドックを見ても集中できないし、そもそも恒例の事前予想さえしてきていない。
が、適当に買った馬券が四レースとも的中し、そんなもんだな、と苦笑いした。
「さーて、さっさと飯食って、頑張るか!」
と肩を回すジン。
「一緒に行こう。あらかじめ何人かには会ってるし」
「えっ、そうなんですか! ラッキー!」
ジンは、調査チームの競馬場関係者聞き込み担当である。
「清掃員の女性と警備員の男性、だけどね」




