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45/265

45 予約しておきますね

 もう、食事どころではない。

 しかし、肉料理は運ばれてくる。

 新しい酒も。

 また、飲んだことのない酒。今度はスピリッツ系。


 話題は、よもやま話に移行している。

 学校のこと、授業のこと、競馬のこと。

 実際、共通の話題はそれしかない。


 今のミリッサの心境として、もうどうでもいいが、初めてヘッジホッグが話題に加わった。

 ただ一度だけ。


「明日の菊花賞、大荒れになる。人気馬は総崩れだ」


 ハルニナの反応はもっともなもの。

「へえ! どうして?」

 ヘッジホッグはにやりと笑っただけで、

「そういうことになっている」とだけ言った。


 普段のミリッサなら興味を持つだろうが、頭の中には疑問符が林立している。

 しかも、その林を伐採整理するどころか、次々に目の前に提示される新たな謎を、謎だと理解するだけで精一杯の状態だった。




 ハルニナがまた妙なことを言い出した。


「馬が教えてくれる」


 サークルのモットーだから、その言葉自体に意外性はない。

 しかし、このタイミングで?

 話題にそぐわなかった。


 それは、再生財団のイベント、ケイキちゃんのイベント、どうにかならないのか、という話になった時だった。

 メイメイが言い出したのだが、それはあくまで場繋ぎとしての話題。

 程度が低い、競馬を楽しみに来る人の関心とは全く違うところにあって、なにか意味があるのか、と言った時。

 それは、誰しも感じていることであって、競馬場ではいわば普遍的な話題。

 お年寄りの活力アップがどうのこうのなど、競馬ファンにとってどうでもよい。

 むしろ、アンケートに答えろとか、チラシやノベルティを受け取れと付きまとわれて、不愉快この上ない。

 と、メイメイがステーキを小さくカットしながら。


 そんな時、ハルニナが、馬が、と言ったのだった。


「どういう意味?」

 怪訝な顔をしながらステーキを口に入れたメイメイ。

「そのうち教えてあげる」と、はぐらかされた。



 繋がらない会話。

 発展しない話題。

 断片と尻切れトンボの応酬。


 それでも、ハルニナとメイメイは、なんとか場の雰囲気を保とうと奮闘しているようにも見えた。

 対してグリーンとヘッジホッグは、我関せずという態で、目の前の新参者を品定めするような眼で見ては、黙々と口を動かしているのだった。





 ミリッサは、どたりとベッドに倒れこんだ。

 疲れすぎた。


 部屋の鍵を掛け忘れたことに気づいたが、もう起き上がることさえ億劫。

 まあ、いい。

 どうせ、盗まれるようなものは何もない。



 いや、待て。

 殺されかけたんだ。



 安心していいとハルニナは言ったが、信用できるものか。

 用心に越したことはない。

 疲れ果てた体を起こした。

 ドアの鍵を……。


 突然、目の前が暗くなった。


 意識が遠のく。

 立ち眩み……。


 湯にのぼせたのだ。



 ミリッサはベッドに手をつき、体内に血が循環するのを待った。

 そして、くそったれめ! どいつもこいつも! と毒づいた。



 自分の部屋ではない。

 あの気疲れする夕食後、大阪に帰るというのを、ハルニナに強く引き留められた。

 温泉にでも入って、単純泉だけど、などと言われて。


 それに、ここが一番安全と言われては。


 実際、疲れすぎていて、ほぼ抵抗することなく、この競馬場の地下に泊まることにしたのだった。



 ようやく立ち眩みと折り合いをつけ、ドアへ向かう。

 と、ドアの下の隙間にメモが差し入れられてあるのを見つけた。


 やれ、古式な、とは思ったが、無視するわけにもいかない。

 まさか、今から、もう一度第三コーナーでというわけでもあるまい。

 何時にお部屋に伺います、などと書いてあるのではあるまいな、と思いながら、メモを拾い上げた。

 予想は外れていたが、似たような伝言がしたためてあった。



 先生

 明後日の授業、ありますよね

 一緒に帰りたいです

 予約しておきますね

 メイメイ



 ある講師が病欠となり、穴をあけられない大学が代打を依頼してきていた。

 自分にできない授業ではなかったので、引き受けることにしていた。

 その授業のためだけに大学に出向くのは時間効率が悪いのだが、親友ヨウドウの顔を立てるためだ。

 三年生向けの授業。

 メイメイが受講しているのは知っていた。



 ため息が出た。

 妙なことに巻き込まれている。

 殺されかけた?

 俺が?


 なんだ?

 ここは。


 ハルニナの親衛隊長メイメイ?


 考えることが多すぎる。


 しかし、明日だ。

 明日、考えよう。

 もはや限界。

 疲れすぎた。

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