45 予約しておきますね
もう、食事どころではない。
しかし、肉料理は運ばれてくる。
新しい酒も。
また、飲んだことのない酒。今度はスピリッツ系。
話題は、よもやま話に移行している。
学校のこと、授業のこと、競馬のこと。
実際、共通の話題はそれしかない。
今のミリッサの心境として、もうどうでもいいが、初めてヘッジホッグが話題に加わった。
ただ一度だけ。
「明日の菊花賞、大荒れになる。人気馬は総崩れだ」
ハルニナの反応はもっともなもの。
「へえ! どうして?」
ヘッジホッグはにやりと笑っただけで、
「そういうことになっている」とだけ言った。
普段のミリッサなら興味を持つだろうが、頭の中には疑問符が林立している。
しかも、その林を伐採整理するどころか、次々に目の前に提示される新たな謎を、謎だと理解するだけで精一杯の状態だった。
ハルニナがまた妙なことを言い出した。
「馬が教えてくれる」
サークルのモットーだから、その言葉自体に意外性はない。
しかし、このタイミングで?
話題にそぐわなかった。
それは、再生財団のイベント、ケイキちゃんのイベント、どうにかならないのか、という話になった時だった。
メイメイが言い出したのだが、それはあくまで場繋ぎとしての話題。
程度が低い、競馬を楽しみに来る人の関心とは全く違うところにあって、なにか意味があるのか、と言った時。
それは、誰しも感じていることであって、競馬場ではいわば普遍的な話題。
お年寄りの活力アップがどうのこうのなど、競馬ファンにとってどうでもよい。
むしろ、アンケートに答えろとか、チラシやノベルティを受け取れと付きまとわれて、不愉快この上ない。
と、メイメイがステーキを小さくカットしながら。
そんな時、ハルニナが、馬が、と言ったのだった。
「どういう意味?」
怪訝な顔をしながらステーキを口に入れたメイメイ。
「そのうち教えてあげる」と、はぐらかされた。
繋がらない会話。
発展しない話題。
断片と尻切れトンボの応酬。
それでも、ハルニナとメイメイは、なんとか場の雰囲気を保とうと奮闘しているようにも見えた。
対してグリーンとヘッジホッグは、我関せずという態で、目の前の新参者を品定めするような眼で見ては、黙々と口を動かしているのだった。
ミリッサは、どたりとベッドに倒れこんだ。
疲れすぎた。
部屋の鍵を掛け忘れたことに気づいたが、もう起き上がることさえ億劫。
まあ、いい。
どうせ、盗まれるようなものは何もない。
いや、待て。
殺されかけたんだ。
安心していいとハルニナは言ったが、信用できるものか。
用心に越したことはない。
疲れ果てた体を起こした。
ドアの鍵を……。
突然、目の前が暗くなった。
意識が遠のく。
立ち眩み……。
湯にのぼせたのだ。
ミリッサはベッドに手をつき、体内に血が循環するのを待った。
そして、くそったれめ! どいつもこいつも! と毒づいた。
自分の部屋ではない。
あの気疲れする夕食後、大阪に帰るというのを、ハルニナに強く引き留められた。
温泉にでも入って、単純泉だけど、などと言われて。
それに、ここが一番安全と言われては。
実際、疲れすぎていて、ほぼ抵抗することなく、この競馬場の地下に泊まることにしたのだった。
ようやく立ち眩みと折り合いをつけ、ドアへ向かう。
と、ドアの下の隙間にメモが差し入れられてあるのを見つけた。
やれ、古式な、とは思ったが、無視するわけにもいかない。
まさか、今から、もう一度第三コーナーでというわけでもあるまい。
何時にお部屋に伺います、などと書いてあるのではあるまいな、と思いながら、メモを拾い上げた。
予想は外れていたが、似たような伝言がしたためてあった。
先生
明後日の授業、ありますよね
一緒に帰りたいです
予約しておきますね
メイメイ
ある講師が病欠となり、穴をあけられない大学が代打を依頼してきていた。
自分にできない授業ではなかったので、引き受けることにしていた。
その授業のためだけに大学に出向くのは時間効率が悪いのだが、親友ヨウドウの顔を立てるためだ。
三年生向けの授業。
メイメイが受講しているのは知っていた。
ため息が出た。
妙なことに巻き込まれている。
殺されかけた?
俺が?
なんだ?
ここは。
ハルニナの親衛隊長メイメイ?
考えることが多すぎる。
しかし、明日だ。
明日、考えよう。
もはや限界。
疲れすぎた。




