44 危うく殺されるところ?
いったい、ここはどこなんだ。
競馬場の地下ではないのか。
競馬場の関連施設、倉庫や管理用諸室が集中するエリア、つまりバックヤードではないのか。
それにしては、近代的で清潔な廊下だし、この部屋にしても。
部屋は三十平方メートルほどの広さで、ナチュラル感ある色合いで彩られている。
壁は濃淡の違う薄い緑色に塗られてあり、天井は深いブルー、今から夜になるという時刻の空の色。
装飾物といえるものは、ハルニナの後ろ、つまり正面の壁に掛けられたモロッコ風デザイン画のタペストリーのみ。
野菜料理が運ばれてきた。
運んできたのは若い男性。
どこかで見たことがあるような顔、だが……。
そういう目で見ると、この武闘派グリーンも、どこかで見たことがあるような気がし始めた。
スタンド……、か?
「ミリッサ、お酒は」
「ありがとう。でも、結構だ」
飲めるものなら、飲まずにおれるか。という気もするが、きっと悪酔いする。
「遠慮しないで」
と、ハルニナは給仕係に目配せした。
「さて、人心地着いたところで、話を始めましょうか」
やっとハルニナが切り出した。
しかし、たちまち、反対者が現れた。
グリーンとヘッジホッグ。
「それは、また後程、にされた方がよろしいかと存じます」
部外者、かつ、何も知らないミリッサがいる前ですべき話ではない、というわけだ。
それはそうだろう。
こんな会を催すことさえ、きっと彼らは反対したはずだ。
PHやルアリアンなど、秘密中の秘密に違いない。
俺は招かれざる客。
では、と席を立つわけにもいかず、体はこわばってくる。
ハルニナはどんな反応をするだろう。
「いいのよ」
「いえ」
「この人は信用していいの」
「しかし」
という聞きたくもない声が頭の上を行き来する。
くそったれめ!
運ばれてきたグラスに口をつけた。
これまで飲んだことのない酒だった。
リキュールの一種ではある。
強い芳香がありながら、甘くはない。
アルコール度数が強いわけでもないのに、頭に突き抜けるような爽快感があった。
結局、すまなさそうな目を向けてきたハルニナ。
「ごめんなさい。この人たちを悪く思わないで。私より、長い長い年月を生きてきたのよ。ずっと経験豊富。この人たちの言うことを聞くことにしてるのよ」
「いいさ」
の後に、俺にはどうでもいいことなんだし、と付け加えたかったが、そこは自重するに越したことはない。
「じゃ、別の話をします」
中身はわからないが、今度はグリーンもヘッジホッグも異議を唱えない。
事前に、打ち合わせてあったのかもしれない。
「先週、ミリッサ、地下馬道で倒れたでしょ」
「ああ」
「その時のこと、説明しますね」
「ん? 立ちくらみじゃないのか」
「そういうことにしておいてください。でも、実際は」
ハルニナは確認するように男たちを見てから、
「襲われたんですよ。危うく殺されるところでした」
と言った。
「えっ!」
「私も迂闊でした。まさか、彼がそこまでするとは思っていなかったので」
穏やかならぬ話に、口に含んだ酒が気管支に入りそうになった。
「でも、もう大丈夫。手は打ちましたから」
「おい! なぜ俺が……」
「そうでしょうね。わけがわからない、でしょうね」
「当たり前だ。いったい……」
何が起きているのか。
「誰が」
「もう危険はありません」
殺されかけたことが事実なら、そんなに簡単に、はい、では安心ですね、となるはずもない。
「ハルニナ、もうちょっと丁寧に説明してくれないか」
「すみません。でも、私を思い出してもらえれば……」
と、ハルニナはまたグリーンとヘッジホッグに目をやった。
話はここまでが限界なのだろう。
それとも、どこかで機嫌を損ねたのか。
年頃の女の子は難しい。
もうどう聞けど、安心してください、と繰り返すだけだった。




