40 人の心は、その人だけのもの、って思います?
ハルニナはまだ黙っている。
話し始めてくれるまで、もうしばらく待とう。
回想は続く。
阪急の御影駅で別れるものと思っていたが、ハルニナは迷うそぶりもせず、ついてくる。
「私もJR」と。
下り坂は平坦になり、JR神戸線の摂津本山駅までもう少し。
街は静かな住宅街から商店がちらほらある街へと変わる。
学校から初めての信号機のある交差点を過ぎれば、広い道幅を有する商店街に入っていく。
その商店街の中ほど、焼き鳥をメインとするごく小さな惣菜店の横に路地がある。
そこまで来た時、ハルニナに袖を引っ張られた。
「こっち」
「ん?」
「もうちょっと話したいから」
と、なおも引っ張る。
路地を抜ければ、神社の境内。
神社の、いわば裏門というわけだ。
境内は広く開放的で、巨樹がそこここに立っている。街のオアシスといった風情。
小さな子供たちも時々遊んでいるし、老夫婦が散歩する姿も見かける。
引かれるままに本殿、拝殿を回り込む。
ミリッサ自身、この学生ともう少し話してみたいと感じていた。
楽しいと感じていた。
境内には誰もいなかった。
手水舎の横、陽の当たる石のベンチに腰掛けると、正面からの西日が眩しかった。
ハルニナの第一声はこうだったと思う。
「見てよ、これ」
ハルニナはローブをたくし上げ、素足を見せた。
「あ、どうしたんだ」
右足、くるぶしのすぐ上に、赤い肉が卵の黄身くらいの大きさで盛り上がっていた。
「いやでしょ」
膨れ上がったそれは、きれいなドーム形をしていて、今にもはち切れそうなほど張りつめていた。まるで艶々の半透明なゼリーのように。
「ダニにやられた」
「痛いのか?」
「ううん。でも怖くて触れない」
「薬は?」
「塗れないよ。だから怖くて」
そしてハルニナは、唐突にこう言った。
「ミリッサ先生、人の命って、はかないものだと思います?」
あまりの話題転換に戸惑ったものだ。
「それとも、永遠だと思います?」
応えようがない。
考えたこともない。
「さあなあ」
としか、言いようがない。
常識的なことを言っても、ここは意味がない。
若い娘が、「命」を話題にしようとしているのだから。
心配になった。
何か、思い詰めていることでもあるのか。
好きな人、とさっきは言ったが。
「じゃ、これは? 人の心は、その人だけのもの、って思います?」
ますます、ややこしいことになってきた。
ミステリアス?
それともロマンス?
心のアラームが、チリリ、と小さく鳴った。
応えあぐねていると、ハルニナは大きく微笑んだ。
びっくりするような素敵な笑顔だった。
初めて見るハルニナの、そう、きっと、心からの笑み。
ミリッサはそう感じたことを悟られないように、あえてこう言った。
「君の好きな人、幸せだね」
「ええっ、そうですかあ?」
ハルニナの語尾には、小さな疑問符がついていた。




