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4 プロローグ 四 LOVE、ラブ

「これで作ってくれ」

 女が言うと、老婆はお守りのような小さな錦の袋をつまみ上げた。そして、こう問うた。

「何と封する」


 女は少し迷ったが、きっぱりと答えた。

「愛」

 案の定、目を上げた老婆の顔が引きつったかに見えた。

 乱れた白髪が逆立ったかにも見えた。

「なんじゃと」


「愛。LOVE、ラブ」


 実際は迷っていたわけではない。

 この言葉に決めてはあった。

 ただ、やはり照れくささがあった。


「おめえ、これがなにか、わかっておるのか」

「ああ、知っている」

「いいや、知らぬのじゃろう」

「知っているから頼みに来た」

「これらはみな、なにものかを封印するためのものぞ」


 老婆が、並んだ品々の上に手を泳がせた。

 すすけた着物の袖からむき出しになった痩せ細った腕に、青筋が網の目のように浮き上がっていた。



 村を貫く細く曲がりくねった小径の突き当り。

 雑草が生い茂る。

 ウンカが次々に顔に当たる。

 この先はもううっそうとした暗い杜。

 巨大な椋木の枝が小屋を覆うように伸びている。

 この木の葉は冬が来ても落ちることはない。

 不思議な森にポツンとあばら家一軒。

 ここに老婆は住んでいる。

 呪術師。

 平安の時代からここで、この商いをしているという。


 とすれば、元は人か。

 どうでもよい。



「へっ。おめえ、齢たかが七十ほどじゃろう。小娘がっ」

 老婆の目は炯々として、それなりの力を有している者であろう。

「小娘ならそんな言葉を好むやもしれぬの。まあ、よい」

「ああ、頼みたい」


 黒や白の玉石、きれいに削られた色とりどりの木片、水晶玉や布製の袋、閉ざされた二枚貝などが並べられてある。

 一段高い棚には、翡翠の勾玉、石製の箱や木箱、石刃、青銅の鏡など。

 文様が描かれたものも多い。


「この袋でよいのじゃな。そう長持ちはせんが、百年はもつじゃろう」

 老婆が乱暴に銀の盆に載せた。



「で、何物を封するつもりじゃ。愛とやらで。お代は前金でいただくぞ」

「ええ。でも、少々細工もしてもらいたい」

「ん?」

「この紐を通してほしい」

「んん?」

「ほら、首に掛けられるように」


 老婆は今度ははっきり嫌な顔をした。


「おめえ、そんなことをして何に使うつもりじゃ。これは」

「わかっている。妖や鬼、霊魂や気と呼ばれる力、精霊や神仏までも、そこに書かれた言葉によって封することができるもの、だろ。で、もう一つ細工を」


 ますます顔を歪める老婆。


「封印するんじゃなく、住まいとすることもできるわけだろ」

「いってえ、おめえは」

「私の住まいにする。わかったら、さあ」


 呪術師の歪んだ顔が徐々に憐れみを帯びてきた。


「やれやれ、今時の若いもんは何を考えておるのか」

 と、髪を振り乱しながら小屋の奥へ消えた。



 待つことしばし。

「入って参れ」

 と、張りのある厳かな声。

「一糸纏わぬ姿ぞ」

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