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37 観覧車ではなく、コーヒーカップか

--------


 やれやれ、この男、今日は競馬もせずに、考え込んでおる

 箒を持った女と立ち話の後は、制帽を被った男と立ち話


 一人になったかと思うと、パドックにも行かずに、スタンドに座ったきり


 この男を見張ることにどんな意味があるのか、もうそろそろ聞かせてもらわねば

 かれこれ、ん、何年になるか。

 退屈としか言いようがない


 最近までは、まだよかった

 オロチがうろついているおかげで、ワレにも緊張感というものがあった

 今は、奴も姿を消し、ワレの行動を制約するものはもう何もない

 ハリがないとはこのことだ


--------



 ポーハーハー・ワイのゲート。

 ハルニナが待っていた。

 さて、どうするか。

 観覧車にでも乗って、話を聞くか。

 ハルニナは微笑むだけで、密会の理由をまだ話そうとしない。


 まあ、いい。

 どこか人目の付かないところに連れて行けということだろう。


 ここで立っていれば人目にはつく。

 しかし、声は聞こえまい。

 日陰だし、風もある。

 立ち話でもいいではないか。


 と、ようやくハルニナが、こちらへ、というように黄色い袖を挙げ、歩き始めた。

 観覧車ではなく、他のライドだな。コーヒーカップか。


 違った。

 通り過ぎていく。


 まさか、スリラーハウスでは。

 ここはいかんぞ。

 ふう、これも違う。



 メイメイと出会った。

 出会ってしまった。

 そもそも、メイメイが夕方以降もここでアルバイトをしているのに、なぜ、ハルニナはここを指定したのか。


 が、不安をよそにメイメイは、軽く笑みを寄越してきただけで、驚くふうでもないし、近づいて来ようともしない。

 そうか。

 知っていたのか。

 ハルニナとメイメイは仲が良い。

 こうして会うことを話してあったのかもしれない。



 ハルニナは今日も黄色いローブ姿。

 いやがうえにも目立つ。

 こんな娘はめったにいない。


 若者ファッションのバリエーションは、ここ数年で飛躍的に増えた。とはいえ、黄色いローブがよほど好きなのか、何か意味があるのか。

 一言で黄色といっても、山吹色、ウコン色、たまご色、レモン色などと、日によって違う。

 いったい、何着待っているのか。聞いてみたいが、ミリッサはそれも自分に禁じている。


 普段から、学生の服装や髪型やピアス、ましてや化粧を話題にすることはない。

 たとえどんなに素敵であろうと、逆に、今から海水浴に行くのかというような露出度の高い格好であろうと。


 褒めたら褒めたで、指摘すれば指摘したで、どう受け取られるか、分かったものではない。

 毎年、契約更改時に渡される講師行動指針には、節度と見識ある紅焔生としてふさわしい服装がどうのこうの。

 つまり、華美な服装の学生には注意して是正させよと書かれてあるが、いまだかつて、ミリッサはその指針を守ったことがない。


 例えばハルニナのように、いつも同じような黄色いローブ姿なんて、どんな基準にもあてはまらない。

 華美でも、質素でも、清楚でも、上品でも、セクシーでも、ダンディーでも、ゴージャスでも、なんでもない。

 これをだめだと言えば、じゃ、私に何を着ろというの、と逆襲されて終わり、だ。




 それにしても、ハルニナよ、どこへ行く。

 ポーハーハー・ワイは、あらかた通り過ぎたぞ。


 そう言おうとした時、目的地に着いたのか、トンと立ち止まり、振り返った。

 至近距離。

 長身のハルニナ。 

 まともに目が合った。


 近すぎる距離感。

 ミリッサは、少し後ずさった。

 この距離で向き合っている姿を、メイメイに見られるのはまずい。



 しかし、ハルニナは笑みを大きくしただけで、依然として話しかけてこない。

 元々、極端に口数の少ない娘。

 授業中はもちろん、学食で一緒に食事することになった時も、部活や競馬場でも。

 以前は違った。よく話す学生だったと思う。

 それは単に、今より若く、学生生活をエンジョイしようとしていたから、だったのかもしれない。

 いくつもも単位を落とし、留年を重ねていれば、おのずと口数も少なくなろう。



「ここよ」


 ポーハーハー・ワイの最奥部、野外ステージの脇、資材庫のような小屋の前に立っていた。


 ここで?

 まずいぞ、これは。


 この中に二人きりで入るというのか。

 しかも、木々がうっそうと茂る薄暗がり。一足先に夜の気配さえ漂っている。

 どう勘ぐられようとも、抗弁できない。


「ハルニナ、ここで話そう。何も、中に入らなくても」

 幸い、周りに人の姿はない。

 

「立ち話じゃあ、さ。もっと折り入ったお話が」

 だめだ、と言おうとした時、小屋の扉が開いた。


 えっ。


 顔をのぞかせたのはメイメイだった。

 さっき会ったときは、スタッフのジャンパーを着ていたが、普段着に着替えている。

 早業だ。


 小さな体をさらに縮めて、

「どうぞ」


 は?

 はあ?


 なにが、どうぞだ。

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